孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む


ストレッチャーに乗せられた父は、手術室に入る直後、ちょうどやってきた悠醐に声をかける。

「ええ、任せてください」

淡々と答える悠醐を見て、一葉は安堵のため息をそっと吐いた。
父が悠醐とともに手術室の中へ消えた、その直後――。

「きゃっ……」

一葉の足元がふらつき、とっさに手すりに掴まった。
ドクドクと激しい心臓の音が体に響く。慢性的な寝不足で、体が回復しきっていないのだ。
二足の草鞋は、いくらやりがいを感じていても、確実に体力を削っていた。
それでも、一葉はぐっと息を飲み込み、顔を上げる。

(あとは……悠醐さんを信じて、待つだけだわ)

白く閉ざされた手術室の扉を、彼女はまっすぐに見つめた。
それから約三時間後、待合室から見える手術ランプが、ふいに消えた。
予定では一時間半と聞いていた手術が倍の時間かかったということで、一葉は不安に押しつぶされそうになっていた。
一生にも思える長い時間を終え、父親の容態を心配しながらその場で待っていると、手術室のドアが突如開かれた。
すぐにストレッチャーに乗った父が出てきて、後を追うように、手術を終えた術着とマスク姿の悠醐が出てくる。

「先生、お父さんは……!」

一葉は、ふらついた足で悠醐に走ってゆく。彼は少し疲労が滲んだ瞳で彼女を見下ろした。

「手術は成功した。だがペースメーカーの術中、不整脈が不安定になり、対応に時間を要した。心配をかけてすまない」
「い、いえ……! 父を救ってくれてありがとうございます」

一葉が涙を堪え、悠醐に向かって頭を深く下げる。心は安堵が広がっていた。

(よかった。なんとか手術が終わって。よか、った……)

視界に広がる景色が大きくぶれ、一葉はその場で足場を崩した。そのままがくっと膝が折れ、視界いっぱいに、床が迫ってくる。

(た、倒れる……!)

ふと思った直後、逞しい腕が伸びてきて力強く腰を支えられた。

「あ……」
「大丈夫か?」

声がする方に顔を向けたいが力が入らない。
鼻をかすめた、懐かしい彼の香り。よく知っている、柔らかく温かい肌。
逞しい彼の躰に包まれて、かすかに心臓が反応するが、一葉の意識が途切れ、一気に力していった。

(悠醐さん、ごめん。何もかも、迷惑をかけて……)