今からどうにかできる話ではない。完全に断絶された自分への悠醐の気持ちは、戻ってくるはずがないのだから。
その事実が、静かに心を削っていく。
そんな一葉の荒んだ気持ちを、かろうじて現実に引き戻してくれたのは、意外にも副業で始めた清掃のバイトだった。
「かずちゃん! 二階が済んだら、ピンチヒッターで四階トイレ頼むよ」
「終わったら、リーダーが買ってきてくれたシュークリーム、みんなで食べよう!」
明るい声がボイラー室に飛び交う。事務仕事の張り詰めた空気とは違う、どこか雑で、温かい日常。
一葉は一瞬だけ目を細め、それから静かに頷いた。
「……はい、シュークリーム楽しみです!」
初めこそ慣れない仕事と厳しい指導に戸惑っていた一葉だったが、少しずつ仕事をこなせるようになると、みな友好的に接してくれるようになった。今では冗談を言い合ったり、ときに真面目な話をしたりと、一葉にとって確実に居心地のいい場所に代わっていた。
(清掃バイト、始めてよかった)
温かな気持ちで、持ち場である四階に行くと、視線の先に悠醐の姿が見えた。
時折彼と病棟で会うことがあるが、一度気づかれたとき以外で、会話を交わしたことはない。
彼は看護師らしき女性と会話している。いつもポーカーフェイスの彼が、打ち解けたように微笑んでいる姿を見て、胸がぎゅっと締め付けられた。
(悠醐さん、あんなふうに笑うんだ)
いや、人間なんだから当たり前だ。だが、再会してから一度も笑っている姿を見たことがなかったので、ずっとあんな感じなのかと思いっていた。でもどうやら自分にだけ、そうだったらしい。
ショックを隠せないままそちらを見ていると、ふいに彼がこちらを振り返った。
とっさに視線を逸らすと、タイミングを計ったように近くにいた清掃バイトの女性の先輩が声をかけてくれる。
「かずちゃん、奥の階段の塵拭きが終わってないみたいで、急ごう!」
「はい!」
悠醐の視線から逃れるようにして、一葉はその場から立ち去った。この気まずい状況を救ってくれた先輩へ、心の中で密かに感謝する。
(今は考えない、悠醐さんのことは……)
それから医療事務の仕事と副業のバイトを連勤して数日後に、予定していた父の手術日がやってきた。
「先生、よろしくお願いします……」


