孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む

父の手を握ったまま、視線を落とす。助かったと思ったばかりなのに、まだ全然、安心できない。

(ペースメーカーをいれれば、また家に帰れるんだよね……)
その事実だけが、かろうじて一葉の心の中で一筋の光として差す。

「では、看護師からの説明を聞いて同意書のサインを頼む。では私はこれで」
「あ……」

悠醐はそう言い残すと、一葉に背を向け病室から出ようとしていた。
一刻も早く、この場所から出て行きたいような素振りだ。
するとその様子を見かねた看護師が、一葉に寄り添う。

「大丈夫ですか? きっとお父様はよくなられますよ。元気をだして」
「ありがとうございます……あの、ひとつ伺いたいのですが」

一葉はそう言葉を切り、緊張しながら口を開く。

「父が目を覚ました時、五十嵐先生はいらっしゃったのでしょうか?」

悠醐と目を覚ました父の初対面を、一葉はずっと恐れていた。
父はどんな反応をするのだろうか。そして悠醐はそんな顔をするのか。
一葉の唐突な質問に一瞬看護師は驚いた表情を浮かべたものの、すぐに笑顔を作る。

「ええ。ちょうど先生が診察している際に目を覚ましたんですよ。お父様は言葉を交わせる状況ではなかったものの、先生の言葉に反応して何度も瞬きをしていました。まるで感謝を伝えるような表情で」

「そ、そうですか……」

胸がぎゅっと締め付けられる。
父はかつて散々罵った悠醐に命を助けられたと気づいていないだろう。悠醐は複雑な気持ちに違いない。
やはりじわじわと心を蝕むのは、悠醐に対しての贖罪の気持ちだ。

このまま治療が終わり、はい、さよならはどうしても道徳的に許せない。
一葉は思わず唇をかみしめた。彼は関わり事態を嫌がるかもしれないが、何かしらの形で礼をしたい。

(でもいったい、何をすれば……?)

その答えが出ないまま、時間は刻一刻と過ぎて行った。
父親は翌朝、再び目を覚まし、一葉の口からペースメーカーの植え込みについて説明すると、素直に受け入れた。

「……命が助かっただけ、奇跡だからな。もちろん、先生の指示には従う」

そう噛みしめるように言った父の顔を、一葉は複雑な表情で見つめた。

(やっぱり、お父さんは悠醐さんのことを、気づいていないようだわ)

心の奥にしまい込んだ、父に対しての澱のような感情がくすぶった。
あの時――状況的に、父が自分と御曹司を結婚させようとした気持ちは今となっては理解できる。

彼なりに苦しんでいたのだろう。だが、悠醐と一葉の未来を壊したのも、紛れもない事実なのだ。

(いや、辞めよう。もう過去のことを考えたって、どうしようもない)