孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む



じんわりと顔が熱くなる。彼に気づかれた。 

「一葉って……? もしかして、君、篠宮ちゃん?」

悠醐に続き、工藤が声を上げる。
一葉の心臓は激しく打っていた。もうここまできたら、白状するしかない。

「お疲れさまです。工藤先生、五十嵐先生」

振り返った直後、ぱっと花が咲くように笑った工藤が一葉に近寄ってくる。
悠醐はかすかに目を見開き、こちらを凝視していた。

「どうして、清掃員してるの? 医療事務の仕事は辞めったってこと?」
「い、いえ。少し家庭の事情があって、昼間は事務の仕事・夜は清掃の仕事をさせてもらってるんです。驚かせてしまってすみません」
「そうなの⁉ 大変だね、何時まで働くの?」

マスクを外して、作り笑いを浮かべる。悠醐が見ているとはいえ、自然に振舞わなくては。
工藤はそんな一葉に気づかない様子で、彼女に会えた喜びを爆発させる。
何も言わず遠くでふたりを見ていた悠醐だったが、ふいにこちらに背中を向けた。

「工藤先生、私は先に戻っています」工藤ははっとして、すぐに後ろを振り返った。
「あ、僕も行きます! ……じゃ、篠宮ちゃん、気をつけて帰ってね」
「は、はい。ありがとうございます」

工藤は優しい笑みを浮かべ、一葉に手を振る。一葉は笑顔で彼に手を振り返しながら、視界の端にいる悠醐に意識をとられていた。

(悠醐さん、どう思ったのかな)

家族の事情でこの仕事をしていると知ったからには、金がないというのは想像できただろう。
ここまで落ちぶれた自分を、心の中で喜んでいるのだろうか。そんな暗い考えが浮かぶものの、同時に一葉の胸には一種のときめきが疼く。

(さっき、名前呼んでくれた)