孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む



一葉は咄嗟に、顔を見られないように下を向く。心臓がドクドクと嫌な音を立てた。

(工藤先生と、悠醐さん……)
自分が医療事務の他に清掃のバイトをしていると知っているのは、同僚だけだ。
もちろん、前から歩いてくるふたりには伝えていない。工藤に関しては、必要以上に深堀りされそうだし、悠醐に関しては、どう思われるか見当もつかない。それが、怖い。

(ここは、やりすごそう)
 
立ち止まりそうな足を、無理やり進める。
今は、普段巻きおろしおしている髪を、お団子にまとめているし、さらにはマスクを着け、清掃用の制服まで着ているのだ。
この薄暗い廊下で、一葉だと気づかない可能性もある。顔を下に向けていたら、それこそ大丈夫そうだ。
そんなことを考えていたら、あっという間にふたりが至近距離まで近寄ってきた。

何やら難しい顔で話し込んでいる。オペのこだろうか。

(……っ、気づかないで)

すれ違った直後。ふたりは顔を伏せている一葉に気づき、視線を送る。

「お疲れ様です」

すさかず一葉に声をかけたのは工藤だった。

「お疲れ様です」

一葉も何事もなく挨拶をする。ふたりは再び会話を再開し、何事もなく廊下を歩いている。

(よ、よかった。気づいていない

ホッと肩を撫で下ろした直後だった。背後で、人の動きが止まる気配を感じる。

「一葉」

どくっと心臓が跳ね上がった。
背後から聞こえてきたのは、悠醐の声の声だった気がしたのだが。