孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む

再び緊張が走り、一葉は息を呑む。一方で悠醐は表情を変えない。

「いわゆる低酸素脳症の状態になるリスクがあります。現時点では意識が戻っていないため、どの程度影響が出るかはまだ判断できません。意識が回復したとしても、記憶障害や運動機能の低下など、後遺症が残る可能性があります」

「そんな……!」

かすれた声が喉からせり上がった。

(後遺症……どれくらいの……?)

「まだ容態が不安定なため、今後は集中治療室で経過を見ながら、状態の回復を待つことになります。現時点で言えるのは、命は助かりましたが、元の状態に戻るかどうかは、まだ分からないということです」

彼の言葉が、一葉に重くのしかかる。
さっきまでは命さえ助かればいい、そう思えていたのに。次は目を覚まして、元の状態に戻ってほしいと願ってしまう。

一時は大嫌いな父だった。家族ではないと何度思ったか分からない。でも、なんだかんだで自分を捨てずにここまで一緒に歩んできてくれた、たったひとりの家族だ。
頭では理解できる。一葉がでる幕はないのだと。あとは、父の生命力を信じるだけなのだと。

「……わ、わかりました」
「ええ。では、これで――」

温度のない返事とともに立ち上がった彼を、一葉は無意識に見上げた。

「あのっ……!」
「何か?」

彼は、光のない昏い瞳で、一葉を見下ろしていた。
胸がひやりと冷える。
直感で、一葉はまだ自分は深く憎まれていると悟った。

「あのときの、悠醐さんなんでしょう……? 私を、知ってますよね……?」
「なんのことだか」

彼は表情を変えずそう言い残すと、一葉の横を通り過ぎていく。
五年前とは別人のように冷たい姿に、胸がひどく痛む。
けれど――自業自得だ。本気で結婚を考えてくれていた彼を深く傷つけ、一方的に消えたのは自分なのだから。

「憎まれているのはわかっています。でも、お願い。父を……父をどうか助けてくださいませんか……」

振り返った一葉は、彼の広い背中に向かって弱々しく言葉を投げかける。
それは要望ではなく、願望に近いものなのかもしれない。
すると部屋を出て行く直前で、悠醐は足を止めた。

彼女を見ることなく、ただ、前を見据えたまま――。

「舐めてるのか」
「……、悠……」
「俺は、人の前に医者だ」