孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む



一葉は無意識に首元のネックレスに触れる。
本当はあのとき、彼の形跡をすべて無くそうと思っていた。実際に、彼からもらったメッセージや、一緒に撮った写真はすべて消去した。思い出の品も……だがこのネックレスだけは、捨てられなかった。彼が「好き」と初めて伝えてくれたときの、大切な品だから。

「只今戻りました」

事務室に戻った一葉を、同僚たちが一斉に振り返った。

隣の席の藤木先輩が、少し焦ったような顔で声をかける。

「篠宮さん、内線ずっと鳴ってたよ。あとスマホにも着信入ってる。救急外来からって言ってたけど……何かあったんじゃない?」
「え……?」

嫌な予感が、胸の奥をざわつかせる。
急いでスマホを確認すると、すべて同じ番号で不在着信がいくつも並んでいた。しかも見慣れた、この病院の代表番号だ。

(なんで……救急外来?)

一気に喉が乾き指先が冷たくなる。震える手で折り返すと、すぐに繋がった。

『はい、音羽大学第一病院・救急外来です』

「あの……医事課の篠宮と申します。着信があって……」

わずかの間があり、すぐに女性が受話器を取る。かすかに息を吐いた声が聞こえ、緊張で震えた。

『篠宮一葉さんですね。確認が取れましたので、お伝えします。落ち着いてお聞きください』

心臓が、どくんっと大きく脈打つ。

『先ほど、お父様が路上で倒れているところを発見され、救急搬送されました。現在、当院で処置中です』

(……え?)

女性の声が遠のき、同時に激しくなった自分の心臓の音が鼓膜に響く。

(お父さん、やっぱり体調悪かったんだ)

最近、胸が苦しい、息苦しくて眠れない、と口にしていた。
そのたびに一葉は、父に早く病院に行ってほしいと頼んでいたが、働いている弁当屋の人出が足りず、安易に休めないという理由で、先延ばしになっていたのだ。
ようやく今日、休みが取れて内科を受診すると言っていたのに。

事情が事情なために、一葉は仕事を抜け、父親が運ばれた手術室へと急いで向かった。
真っ白で清潔感のある無機質な部屋で、ただ人の足音や遠くから聞こえてくる声、そしてバイタルを図る音をじっと聴いていた。
心の中では、死なないでほしいとずっと願っていた。両手が白むほど、強く握っていることも気づかずに。

――一葉の父、誠は自己破産してから、無気力状態に陥った。