孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む



涙が枯れるほど泣いた一葉は、翌日、悠醐の家に出向いた。
いつもの通り、彼は優しい表情で家の扉を開ける。

「一葉、お疲れ様。夕飯、多めに作ったけど、食べていくか?」

悠醐の問いかけに、彼女は首を横に振った。
彼に勧められるがまま玄関には入ったが、いつものように部屋には踏み入れない。
悠醐の足元には、彼が用意してくれた一葉専用の熊のスリッパが置かれていた。

「今日……顔色、悪くないか? 何かあったのか」
「別れてほしいの」

悠醐の問いに間髪入れずに、一葉ははっきりと口にする。
彼はかすかに目を見開き、その場に固まった。
心臓が激しく暴れ、息が、かすかに上がっている。
落ち着け。何度も何度も練習した別れの言葉を続けなければ。

「一葉、急にどうしたんだ? 何か……」
「急じゃない。ずっと、私不安だったの。一人前の医者になるまで、何年もかかる悠醐さんを待つの。私、今すぐ結婚したいのに」
「一葉……」

口から出まかせだった。
悠醐と結婚したい気持ちは強かったが、彼が医者になるまで、気長に待つつもりでいた。
それに忙しい彼だったが、いつも自分と真剣に自分と向き合ってくれたおかげで、不安を感じたことなど一度もない。
うつむく一葉を悠醐は見ていたが、やがて決心したように口を開く。

「すまない。君をそこまで思い悩ませてしまって……実は、俺たちもうすぐ三年になるだろ? そのタイミングで、伝えようとと思っていた」

(え―――?)

その場から離れた悠醐は、寝室へ一瞬だけ姿を消し、すぐに一葉のいる玄関に戻ってきた。その手には正方形の箱が握られている。

「こんな形で渡すのは気が引けるが、俺は本気で君と結婚したいと思ってる。受け取ってくれないか」

開かれた箱に差し出されたのは、高級そうなプラチナリングだった。

一気に目の奥が熱くなる。
悠醐の暮らしは決して裕福ではない。だから、彼がどれだけの時間と労力をかけてこのプレゼントを用意してくれたのか想像に容易く、胸が締め付けられる。

(嬉しいよ、悠醐さん。私も結婚したい。今すぐにだって――……)

喉から溢れそうになった思いを、一葉は必死に吞み込んだ。
父の血も涙もない言葉が頭に浮かび、少しずつ体が冷えていく。
冷静にならなくてはいけない。悠醐の幸せを考えるならば……。
一葉は差し出された箱をつき返し、強い目で彼を見据えた。

「……もう今更遅いの。私、父に言われて目が覚めた。あなたのような生い立ちの人では、篠宮家とは釣り合わない。だから、私は神城グループのご子息と結婚することにしたわ。自分の幸せを考えて」

「どういうことだ……?」