孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む


一度も振り返ることなく父はその場から立ち去ってしまった。
一葉はその場に崩れ落ちる。
静寂が広がる屋敷に、彼女のすすり泣く声が響き渡った。

「……ひどい。悠醐さんと離れるなんて、絶対にいや……!」

突然のことに、現実を受け止め切れない。
頭をぐるぐると回っているのは、無慈悲な実の父親のと、いつも優しく笑いかけてくれる悠醐の姿だ。
一葉は、父を憎むとともに、自分にも苛立ちを感じていた。
父の余裕のない背中、どんどん辞めていく家政婦たち――。
篠宮医療機器メーカーは、きっと長らくうまくいっていなかった。けれど、一葉は見て見ぬふりをした。
母が亡くなり、寂しさを紛らわすように酒に溺れ、女にハマって散財する父に自分から言えることはないと背を向けた。無力だと決めつけて逃げたのだ。
だがこんなことになるのなら、何か自分にできることはなかったのか、後悔の念が絶えない。

(このままじゃ……お父さんは、本気で悠醐さんを潰しにかかる。それだけは絶対に阻止しなくちゃ)

父は変わってしまった。優しさのかけらもない冷徹な経営者になり果てた。その周りにいる経営者たちも、皆いい噂を効かない。
悠醐とは、将来を特別誓い合ったわけではない。だが、一緒にいることが当たり前で、未来の話も普段からしていた。
なんとなく、彼が研修医から医者になったタイミングで、籍を入れるものだと思っていた。普段の溺愛ぶりから、彼もきっとそう思ってくれていたに違いない。

(悠醐さん。大好き……あなた以上の人には出会えない)

初めこそ〝孤独〟と〝孤独〟が繋いだ縁だったように思う。
だが悠醐と交際を始めて三年の年月が経ち、彼から言葉に言い尽くせないくらいの深い愛情を受けて、今は孤独を感じることがなくなった。
人を愛す喜び、人に愛される安心感。
それらすべて教えてくれたのは、紛れもなく悠醐だった。

「悠醐さん、愛してる。ずっと、ずっと……」

離れ離れになっても、彼を忘れられるはずがない。だから永遠に、彼の幸せを願うと誓った。

(だから、心の中で想わせて……)