孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む




そのわずか一か月後――病院を退職し、家を引き払ったふたりは、羽田空港にやってきていた。
大きなキャリーケースをひとつ持って、必要最低限のものだけをいれている。

住む場所もある程度目星はつけているが、具体的には決まっていない。
子供をどこで出産するのかも。決まっているのは、悠醐が勤務する病院だけだ・

だが一葉は心に、不安はみじんもなかった。日本で、いろんな困難を乗り越えてきたからだろうか。
彼と、そしてこのお腹の命さえ無事であれば、なんだっていい。

悠醐となら、力を合わせてどうにでもなる。

「一葉、そろそろ出国ゲートへ」

悠醐に手を引かれ、歩き出した直後だった。

「一葉! 待ってくれ!」

背後からよく知る声が聞こえ、一葉は思わず足を止めた。

(え――?)

振り返ると、そこに立っていたのは父――誠だった。
足元がぐらりと揺れるような感覚に、一葉は無意識に腹部へ手を当てる。
喉がひりつき、言葉がうまく出てこない。会いたくなかったはずなのに、胸の奥が激しくざわついていた。

「お父さん、なんでここに……」

父は息を切らし、額に汗をにじませている。
久しぶりに見た父は、頬がこけ、以前よりだいぶやせ細っていた。

「お前が……今日発つと、聞いて……」

そう誠は言うと、悠醐に視線を向けた。もしかして彼が直接?
一葉が動揺しながら悠醐を見るが、彼は一葉と目を合わせない。誠をじっと見ていた。

「だが時間はわからなくて。よかったよ、会えて……」

誠はそう言うと、ぐっと奥歯を噛みしめ、ふたりに向かって深く頭を下げた。

「本当に、すまなかった」

かすれた、弱々しい声だった。

「一葉……お前には、何もかも背負わせた。父親として、最低だ」