悠醐はフリーズしたようにその場に固まったが、魔法が解けたかのように、クスクスと笑い出した。
「ごめん、それは女性じゃなくて、男性の間違いだな」
「へ?」
悠醐が言う〝男性〟とは、ダニエルという名前の、元同僚のことだった。
彫りの深い顔立ちに淡い茶色の髪、背も高く整った容姿のため、遠目には女性と見間違えられても不思議ではない。海外の病院でともに働いていた同僚で、現在はアメリカの心臓外科チームに所属している医師だという。
そのあと悠醐は、ここ最近の出来事を簡潔に語った。
院長から娘との結婚を暗に迫られ、断れば立場を揺るがすような圧力を受けていること。診療にまで不当な干渉が入り、このままでは医師としても、一葉を守る立場としても限界があること。
だからこそ、海外でのポストの話を受け、環境を変える決断を考えているのだと。
自分のためではなく、一葉と、そしてそのお腹の命を守るために――。
「……一葉の体調が落ち着いたら相談しようと思っていたんだが。心配をかけてすまない」
悠醐の誠実さが滲む表情に、一葉は笑顔で頷いた。
「すごいすれ違いでしたね。でも……悠醐さんが、他の人を好きになってなくて、本当によかった」
一葉が率直に気持ちを伝えると、悠醐は照れたようにはにかむ。
存在し得ぬ女性に一葉が嫉妬したことが、うれしいらしい。
(ちょっと、恥ずかしい。でも……いいや)
すると少し黙っていた悠醐は、意を決したように一葉を見た。
「一緒に、アメリカに付いてきてくれるか?」
胸の奥で、ぴたりとパズルの最後のパーツがはまった気がした。
突然の提案のはずなのに、不思議と迷いはない。むしろ、ようやく言葉にしてくれたのだと、安堵に近い気持ちが広がる。
一葉はそっと自分の腹部に手を当てる。
ここにある小さな命も含めて、この人となら大丈夫だと思えた。
どこで生きるかではなく、誰と生きるか。
その答えは、もうとっくに決まっている。
ほんの少しだけ、未知の場所への不安はあるけれど、それすらも悠醐となら乗り越えていけると、自然に思えた。
「もちろん。どこまででも悠醐さんについていきます」
一葉はお腹を撫でながら、満面の笑みで答えた。


