「迷惑なわけないだろ。俺が変わってやりたいくらい」
悠醐は目を細め、苦し気に言葉を吐きだした。
「そんな……悠醐さんは、優しすぎです」
体は苦しくて堪らないが、心の優しい悠醐が傍で支えてくれるおかげで、なんとか耐えられそうだ。
(もうすぐ、家族三人で暮らすの。だからわたしが今、がんばらないと……)
離れて暮らし、寂しくてどうなることかと思った入院生活だったが、悠醐が仕事の合間を見てしょちゅう、お見舞いにきてくれたおかげで乗り越えていけた。
吐き気がひどいときは部屋を出てもらいたかったが、彼は、どんな一葉も愛しているから俺に気遣うなと力強く言ってくれたこともあった。
(本当に、悠醐さんってすごい人)
この入院生活を通し、さらに一葉にとって悠醐への信頼度も高まり、愛も深まっていた。それは悠醐も同じようで、ひとり苦しみに耐える妻への愛情がどんどん膨らんでいっているか、毎日のように「ありがとう」「愛してる」を沢山伝えてくれた。
約三か月が過ぎ、つわりが収まったタイミングで一葉はついに、退院した。
「じゃあ、行ってきます」
玄関で靴を履き終えた悠醐を見送りながら、一葉はいつも通り微笑んだ。
「行ってらっ――……」
背を向けた彼の肩に、ふと視線が留まる。黒いスーツの生地に、細い光の筋のようなものが絡んでいた。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
一葉は指先でそっと、長くて、柔らかい茶色の髪を摘まんだ。
(これ、女性の髪の毛……?)
大きな不安が襲い、呼吸が浅くなる。
ストレスは、お腹の子供に悪い。そう頭ではわかっているのに、頭の中はあの髪の毛でいっぱいになる。
(悠醐さんに限って、そんなはずはない)
手のひらに残った細い髪を見つめたまま、ゆっくりと息を吐く。
しばらくそこから動けなかった。
・・・


