孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む


翌朝。なんとか理性を保った状態で、悠醐は病院へ向かっていた。

(本当に危なかった)

今朝も、あのまま流されていれば完全に遅刻していた。
寝起きの一葉はどうしてああも無防備なのか。本人に自覚がない分、質が悪い。

「なんであんなに、可愛すぎるんだ……」

白衣に袖を通しながら、悠醐は無意識に息を吐く。
カンファレンスが始まっても、意識のどこかに彼女が居座っていた。

(うちの妻は、世界一可愛い。異論は認めない)

健気で、控えめで。だが芯は強く、一度決めたことは決して曲げない。知的で、言葉の選び方も美しい。そのくせ夜になると、あれだけ甘えてくる。そんなの正気でいられる方が不思議だ。

(早く帰りたい)

そんなこと、医者が口に出せるはずもない。

「――では、次の症例について」

教授の声で、ふと意識が切り替わった。

「五十嵐先生、お願いします」

名を呼ばれ、悠醐は静かに立ち上がった。手元の資料に一度だけ目を落とし、一度眼鏡を正してから口を開く。

「本症例は重症の大動脈弁狭窄症を伴っており、手術適応は明確です。問題は術中の循環動態と、術後の心機能低下リスクになります」

必要な情報だけを簡潔に提示することだけを心掛ける。

「特に本症例では、左室機能が低下しているため、人工心肺離脱時のサポートが鍵になると考えます」

室内が静まり返った。一葉でうつつを抜かしていた手前、一瞬間違った発言をしたのではと不安になった。

「以上です」