孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む


はっきりと言い切ると、先輩は一瞬きょとんとした顔をしたあと、気まずそうに視線を泳がせた。

「そ、そうよね。変なこと言ってごめんね……。私もね、そんなわけないって思ってたんだけど、ほら、あちこちから聞こえてきちゃって……」

小声で言い訳するように続けながら、ちらりと周囲を気にする。どうやらこの話題自体、あまり大っぴらに触れていいものではないと理解しているらしい。

その様子に、一葉は胸の奥がじわりと冷えるのを感じた。
悪気はないのだろう。
けれど、こうして軽く口にされた言葉が、いつの間にか事実のように広がっていく。それが、何より怖かった。
悠醐はこの病院で圧倒的に注目を集めている。結婚した当初から感じていたが、この結婚生活が悪い意味で、この病院のエンタメになっているというのも。

(でも。そもそも誰がそんな噂を……)
当日の詳しい情報を知るものというと、あの懇親会にいた人物だろう。

(まさか……)

真っ先に清香の存在が浮かぶ。
実際に清香は、一葉が悠醐と父の間に起きた事件を聞いてショックを受けたことも知っている。そして、その場から走って消えたことも……。
清香に本気で、一葉は嫌われているのだと悟った。

だがこの病院に勤務している限り、彼女とのかかわりが完全に消えることはないだろう。

(どうすればいいの……)

ぼんやりと考えていたら、あっという間に正午が回ってきた。
心臓神経外科医へ資料を届けるために二階の廊下を歩いていると、偶然前から長身の医師が歩いてきた。

(あ、工藤先生……)

工藤も一葉に気づいたようで、少し顔が強張っている。彼と会うのは、あの日以来だ。
あれから彼からメッセージは来ていない。

(悠醐さんのこと、工藤先生はよく思ってない。だから……話したくない)

すれ違う直前、一葉は視線を落とした。

「お疲れ様です」

挨拶は礼儀だ。と言い聞かせ、硬い声で発すると、彼はぴたりと足を止めた。

「だから言っただろう?」