孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む


彼は淡々と話を続ける。
養護施設での生活は快適で生活が安定し、勉強に打ち込めるようになったと。
母親は行方を眩ましたままだったが、養子を希望していた夫婦が自分を引き取りたいと申し出たということも。

「面会にきたふたりはフィーリングだったが俺に縁を感じたようで、養子縁組を申し出てくれた。比較的裕福な家庭で、そこから中学、高校と進学させてくれた。ふたりのことは好きだったが、心の底から家族だと思えたかというと分からない。出会ったのが、物心がはっきりついているからかもしれない。もしくは、俺が他人を信用できない性格なのか」

そう自虐的に笑う悠醐の目は、寂しそうに揺れていた。
少しずつ浮き彫りになっていく、彼の孤独。ようやく彼を知れたというのに、一葉の心はじわじわと悲しみに蝕まれていく。

「だが、高校二年生の冬に、突然夫妻が亡くなったんだ。車の事故で」

「そんな……」

一葉は無意識に悠醐の手を強く握っていた。咄嗟に彼を守らなくてはと体が動いたのだ。
ようやくできた家族でさえいなくなってしまうのは、あまりにも残酷だ。

「……運転していた義父が心臓発作を起こし、事故を起こした。フェンスに高速で突っ込んで、即死だった」

その日は、悠醐が引き取られてちょうど十年になる日だったという。
彼にとっては、あの夫妻の子どもになった日こそが、本当の誕生日だった。
悠醐は、視線の先に広がる浜辺を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。

「自宅にいた俺は、事故現場にすぐ駆けつけた。運転席と助手席は潰れていて、ふたりの姿はまともに見えなかったけど……後部座席に置かれていた大きな花束だけは、やけにはっきり見えた」

波の音に紛れるように、淡々と続ける。

「そのあと、警察が花束に挟まっていたカードを届けてくれたんだ。【悠醐、愛してる。私たちの子どもになってくれてありがとう】と書いてあった」

一瞬だけ、言葉が途切れる。

「……それを見た瞬間から、俺は壊れた。涙が止まらなくて」

わずかに笑った悠醐の手を、一葉はさらにきつく握った。
視界が滲む。彼の悲しみが、遅れて胸の奥に押し寄せてきた。
悠醐は少しだけ間を置いてから、静かに言葉を続ける。

「俺は、泣かない子どもだった。というより、泣き方を知らなかった」

視線は変わらず、遠くを見たままだ。

「自分にも、他人にも何も期待してなかったからな……だから、あの人たちがくれていたものを最後まで信じきれなかった自分に、失望した涙だったんだと思う」