花梨は顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃのままの自分が恥ずかしくて、視線を逸らしかける。
けれど、久登はそれを許さなかった。指先で頬の涙を拭い、まっすぐに見つめてくる。
「辛い思いさせてごめんな、花梨。俺は……ちゃんと戻ってきたから」
「うん。久登さんが……いる」
それだけを、どうにか言葉にして、花梨は小さく何度も頷いた。
久登はそっと花梨の顔を包み込み、上を向かせる。
大きな瞳から溢れる涙を、彼は唇で静かにすくい取った。
「泣かせてごめんな」
久登の顔が一瞬、歪んだのが見えた。
次の瞬間、頬を引き寄せられる。激しく、久登の唇が重なった。
深く絡むキスは、少しだけしょっぱい。
ふたりは夜の闇の中、唇を通して、互いの無事を確かめ合うように求め合った――。
事故の一件で、久登の評価はさらに上がった。
機長の些細な判断ミスに気づき、大惨事を免れたこと。さらに危険を察知し、操縦を引き継ぎ、失速寸前から機体を回復させたこと――。
事故から一か月以内に、久登は辞令を受け取り、機長昇格試験に合格した。
スターロード航空の歴史で最短での機長就任。異例での大抜擢だった。
さらに後日、花梨は璃子を通して社内調査の結果を知る。
事故の原因は、グランドスタッフの地上作業における重量・重心データの入力ミスだった。
最終的には「複合的な要因」として処理され、個人名が公に出ることはなかったが、すぐにグランドスタッフからCA、そして会社全
体に誰が今回の事故を起こしたのか噂が広まった。
名前として挙がっていたのは、乃愛だった。
本人は偶然のミスだったと説明しているようだ。
だが、花梨や久登に関するデマを流した張本人でもあったため、それを「偶然」と受け取れない人のほうが多かった。
花梨も、久登も、できることならこの一件を偶然だと思いたかった。
誰かの悪意によって起きた事故だなんて、信じたくはない。
――けれど、数日後。
乃愛は自主退職したと聞いた。理由は「体調不良」。それ以上の説明はなかった。
真実は、闇の中に葬られることになったのだった。
そして、ついに花梨と双子は、久登のマンションで暮らし始めた。まだ漠然としているが、今後、子供たちの小学校入学に合わせ、マンションより広々とした一軒家での新生活をしようと物件を探そうという話になっている。
花梨は結局仕事を続ける道を選んだ。

