朝から、羽田の空気は忙しない。
ターミナルを抜けて制限区域に入ると、音の種類が変わる。エンジンの低い唸り、牽引車の警告音、無線の短い呼びかけ。金属が擦れるような気配まで、肌にまとわりついた。
花梨はいつものように、機体の傍に立っていた。
搭載口の高さに合わせてフードローダーを寄せ、西本に最終チェックの声をかける。
「そのまま。少し、左。はい、ストップ!」
笛を短く鳴らし、合図を出す。
連携の音が、今日も正しく回っていく。いつもと同じ。いつも通り――そう思いたかった。
だが、ふいに脳裏に久登の存在が浮かぶ。
昨晩、久登から珍しく電話がきた。声を聞きたいなどと言われて初めは嬉しかったが、話しているうちに彼の声に元気がないことが、気になった。
機長昇給試験に向けてのトレーニングと、通常の副機長としてのフライトを並行して行うのは肉体的にも精神的にも、想像するだけでキツいのが分かる。
そこからの疲れなのか、また別に何か落ち込むことがあったのか。
(……ダメ。今は集中しないと)
ミスは許されない。ここでは、たった一つの手違いが、空の上の誰かの命に繋がる。
花梨は自分に言い聞かせ、コンテナの封印シールを目で追った。番号、封緘、搭載指示。確認、確認、確認。
相方の西本が、工具の入ったケースを持ち上げながら覗き込んでくる。
「木梨さん、ちょっと顔色悪くない? 寝てないの?」
「……ちょっとだけ。でも、全然元気ですよ!」
「ほんとかいな! ママは忙しいからね。無理は禁物だ、調子悪くなったら言って!」
西本は軽く笑って、いつも通りのテンポで作業に戻る。
初めはこうしてベテランの西本とふたりきりで、時間に追われ、スピード勝負、肉体勝負のこの仕事が好きになれるのか不安だった。だが、最近は彼との息もあってきて、本当に一日がスムーズに過ぎていく。こうやってどんどん作業をこなしていくのが、楽しいと感じ始めてきた。


