敏腕パイロットは空の上のシェフを愛す~愛おしい双子を添えて~




久登は、ほとんど反射で手を伸ばしの操縦桿を引き継いだ。
驚く機長を横目に、機首を、強く、慎重に下げてゆく。高度を捨てる覚悟で、姿勢を抑えた。失速警報が鳴りかけて、止まった。空気が再び翼を捉える。
久登は操縦桿を握る手にじっと力を込め、まっすぐ前を見据えた。

「……っ。回復しました」

心臓が痛いほど速く打っている。自分で放った言葉が、ようやく現実に落ちてくる。
機長は、数秒遅れて頷いた。

「……判断を誤った。すまない」

久登は首を振った。

「今は原因が分かりません。このまま飛び続けるのは危険です」

短い沈黙ののち、やがて機長がは決心したようにマイクをとる。

「引き返す。緊急着陸だ」

久登の心臓がギリギリと痛んだ。
さっきの数秒で、すべてが決まっていたのだ。判断が遅れていれば、この機体は、もう空にはいなかっただろう。

操縦桿を握る手に、じわりと汗が滲んだ。心臓の音が、やけに大きく聞こえる。

(このまま、死ぬかもしれない)

そんな考えがはっきりと浮かんだのは初めてだ。同時に、底し得ぬ恐怖を感じる。
久登の脳裏に、ふと浮かんだのは、自分の手を握り返す小さな手だった。

無邪気な笑顔で、すっかり懐いてくれている大翔と大輝。そして自分の命よりも大切だと言える、可愛い花梨。

(俺は、こんなところでは終わらない。花梨をもう一生、ひとりにしないと誓った)

ずっと孤独と抑制に耐えてきたこの人生に終止符を打ち、ようやく愛する女性と子供と生きる道が開かれたばかりなのだ。
絶対に生きて帰らなくちゃならない。花梨のためにも、子供たちのためにも、そして自分自身のためにも。

(花梨、大翔、大輝。必ず帰る。だから、少しの間辛抱していてくれ)

恐怖が消えたわけではないが、迷っている暇はなかった。
久登は、操縦桿を握り直す。すべては、みんなを生かすために。愛する人のもとへ帰るために。

「……必ず、無事に着陸する」

その想いを、すべて翼に託して、久登は視線の先に広がる広大な空を見据え続けた。



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