機長の声がやけに落ち着いており、長年の風格を漂わせている。久登はそれ以上、強くは言えなかった。現実は数値は正常で、感覚だけにすぎないから。
機体はなおも上昇を続けるが、操縦桿にかかる力は、全く変わっていない。
(絶対におかしい)
上昇に伴い、通常なら少しずつ重くなるはずの操縦が、まるで重力を忘れたかのように軽い。久登は、ふと背中に嫌な汗を感じた。
(重心……って)
確証はない。だが、その可能性が頭をよぎった瞬間、機体がわずかに、前のめりになるような挙動を見せた。
「機首、反応が敏感すぎませんか?」
今度ははっきりと質問すると、機長は一瞬だけ久登を見て、再び前方へ視線を戻した。
「高度を取る。都市部を抜けるまでは上げたい」
理屈としては、正しい。だが久登は絶対に何かが起きている、と確信めいた感覚があった。
(このまま上げたら、まずい)
その直後。機長の手が操縦桿をさらに引き、機首はさらに上を向こうとしていた。
久登は操縦席の体感に、強烈な違和感を覚えていた。
引いていない。それなのに、機体が勝手に持ち上がろうとしているのだ。
その瞬間、重心が普段よりずっと後ろになっていると、一瞬で確信した。
「機首、反応が過敏です!」
久登がそう告げた直後、機長は操縦桿をさらに引いてしまう。高度を稼ごうとしたのだ。
「高度を取る。データは正常だ」
その瞬間、久登の背筋に冷たいものが走った。
「待ってください!」
だが、もう遅かった。迎角が一気に増し、速度が目に見えて落ちていく。
警報が鳴りコックピットの空気が、異様に張り詰めた。
機体がふっと浮いたように感じ、久登は揚力が抜けかけていると勘付く。
「失速域に入ります!」
久登の声が思わず鋭くなり、機長の手が操縦桿の上で止まった。
ほんの一瞬の迷いが、致命的だった。
速度は限界に近づき、これ以上機首が上がれば、回復不能になると久登は踏んだ。
東京湾の水面が、気づいたころにはあり得ないほど近くなっている。
絶対に、今どうにかしなければ……。
「操縦、代わります!」

