久登の胸の奥で、何かが決定的に切れた。
「俺は、あなたを許さない」
正隆の表情が、明らかに曇った。
「俺の意思を何度も無視し、人生を勝手に決めてきた。そのうえ、俺の最も大切な人を、深く傷つけた。……俺の妻は、ひとりで子供たちを育ててくれていたんだ」
吐き出すように言うと、喉の奥が熱くなる。
それでも、怒りが収まらない。血の繋がった父親に、ここまでの嫌悪感を抱ける自分がおかしいのでは、というほどに。
それほどまで、久登はこの男に追い詰められていたのだ。
「あなたがしたことは、取り返しがつかないんだ。……もう、頼むから、俺たちの前に現れないでくれ」
正隆は言葉を失ったままその場に立ち上がると、一歩久登へ近づく。
男は何か言いかけたが、結局、何も言えずに踵を返した。
その背中を見送ってから、久登は重たい気持ちで部屋へと戻る。
準備と風呂を済ませ、ベッドに横になっても、なかなか寝付けない。父の顔、声、言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
胸の奥が苦しくなり、久登はスマートフォンを手に取った。
どうしても今、花梨の声が聞きたかった。呼び出し音のあと、聞き慣れた声が響く。
「久登さん?」
「……花梨。遅くにごめんな」
「ううん、どうしたの? 久登さん」
「君の声が聞きたくなった」
久登の言葉に、花梨はかすかに息を詰めた。動揺しているようだった。
「……嬉しいです。私も、声が聞きたかったから」
彼女の優しい声に、張りつめていたものがふわりと緩む。
「花梨。もうすぐ訓練が終わる。このままいけば、機長に昇格できる見込みだよ」
「こんなに早く……? 頑張りましたね」
花梨が息を呑む気配が伝わってくる。
花梨はやはり平気そうに見えても、久登の少しでも早い帰りを待っているのだ。
愛しい気持ちが溢れそうになり、久登はかすかに喉を鳴らした。
「全部、君のおかげだ。だから……この昇格試験が終わったら、すぐに一緒に暮らそう。また、子供たち旅行にも行こう」
「……うん。嬉しいです」

