璃子の言葉に、花梨はぐっと口を結んだ。確かに、彼女の言う通りだ。
機長昇格試験を控えた久登に、余計な心配はかけたくない。だが、四年前の一件を思えば、今回の件を自分ひとりで抱え込むのは、さすがに無理があるのではと、花梨はそう思った。
「……そうだよね。言いづらいけど、久登さんに相談してみようかな……」
「うん。絶対にそうして」
璃子に強く念を押され、花梨は小さく頷いた。
けれどカフェを出たあとも、心はすっきりと定まらないままだった。
内容が内容だけに、久登がどれほど不快な思いをするだろうか。試験前の大切な時期に、余計な不安を与えてしまうのではないか――そんな考えが、次々と浮かんでは消えない。
第一ターミナルのカフェを出て、ケータリングスタッフルームへ向かう通路を歩いていると、突然、背後から声をかけられた。
「すみません」
はっとして振り返る。
そこに立っていたのは、グランドスタッフの制服に身を包んだ乃愛だった。
つい先ほどまで彼女のことを考えていたせいか、動揺は大きい。
乃愛は以前会ったときよりも、どこか大人びた表情をしていた。髪はきっちりとまとめられ、上品なお団子スタイルが、よく似合っている。
「ケータリングスタッフの、木梨花梨さんですよね?」
乃愛はにこやかな笑みを浮かべたまま、そう尋ねてきた。
その声音とは裏腹に、花梨の背筋には緊張が走る。警戒しながらも、小さく頷いた。
「……そうですが。あなたは……」
「覚えてるでしょ? あのとき、会ってるんだから」
含みのある言い方だった。
花梨は、その一言で確信する。やはり、この女性は乃愛だ。
「ご用件は何でしょうか。もう仕事に向かわなければならないのですが」
距離を取るように告げると、乃愛の唇がわずかに歪んだ。
「あんた、久登さんと結婚したの?」
笑みを貼り付けたまま、言葉だけが鋭く突き刺さる。
「人のものを奪って、姿を消したと思ったら……また平然と現れて。信じられない」
乃愛は一歩踏み出し、低く言い募る。
「あんたのせいで、結婚の話は白紙になった。久登さんは……勘当されたのよ」
胸の奥を抉るような言葉に、花梨は息を呑んだ。
「久登さんがいなくなってから、彼のお父様がどれだけ苦しんでいるか……分かってる?」

