花梨は小さく頷く。遠い昔、学校の図書室に置いてあるのを記憶の片隅で思い出していた。
『少年が、捕まっていたりゅうを助けて……最後に、そのりゅうと一緒に空を飛ぶ話なんだ。力じゃなくて、知恵と優しさで。誰かのために、本来の力を取り戻すんだよ』
懐かしむように語る久登の横顔は、どこか少年の面影を残していた。
『読んだとき、すごく羨ましかった。空って、自由で……どこにも縛られない場所だから』
花梨は、絡めた指にそっと力を込める。
『だから分からないけれど、子どもの頃から空を見上げるのが好きだ。飛行機が通る音がすると、つい探してしまう。……ああやって、どこへでも行けたらって、今でも思うよ』
空を飛ぶこと。
それは逃避ではなく、彼が本来、心のどこかで求めている自由なのだと、花梨は思う。
『……久登さんは、空が似合いますよ』
ぽつりとつぶやいた花梨に、久登は少し驚いたように目を瞬かせてから、困ったように笑った。
『そんなの、初めて言われた』
『久登さんは、いつも見守ってくれるでしょ。穏やかな空みたいな人です』
花梨が甘えるように逞しい腕に絡まると、久登は彼女の頭をそっと引き寄せ目を閉じた。
『ありがとう。花梨』
ものすごく抽象的なことを口にしてしまったのに、久登はそれを笑わず、どこか嬉しそうに受け止めてくれた。
その表情が、胸の奥に静かに残る。
またひとつ、知らなかった彼の一面を知った気がする。
知れば知るほど、輪郭がはっきりしていくのに、同時に奥行きも増していく人。
もっと、知っていきたい。もっと、彼を好きになってしまいたい。そんな欲望が、風船のように胸の内で膨らんでゆく。
(久登さんと一緒にいる未来……望んじゃ、だめかな)
彼の体温が皮膚を通して自分の身体に流れ込んでくる。
心地よく、温かい。


