出勤の支度を終えた直後にかかってきた叔母からの電話に、花梨は思わず声を上げた。
『恵一さん、今、緊急手術を受けている最中で……心筋梗塞だろうって、お医者さんが』
『そうなのね。今すぐ行く。ごめんね、叔母さん!』
助からないかもしれない――そう聞かされた瞬間、頭の中が真っ白になった。
居ても立ってもいられない花梨は、職場へ一本電話を入れて事情を伝え、そのまま千葉の田舎へと向かった。
父のいる古びた病院の待合室は無機質で、消毒液の匂いが充満している。
自分を取り巻くこの状況が、すべて夢であればどれだけいいのか、と花梨はつい考えてしまった。
(ごめんね、お父さん……忙しいのに、お祖母ちゃんの世話も、全部丸投げして)
父は小さな町工場を営み、ほぼ年中無休で働き詰めだったのは知っていた。
経営がそこまで芳しくない状況で、体力も限界だったのだろう。
十数年前に母を病で亡くしてからは、花梨が代わりに家事をこなしていたが、料理人を目指して上京してからは、家のことにはほとんど関われなくなった。
それでも父は、一度も花梨に苦言を呈すことはなかった。
無理するな、身体だけは大事にしろ、困ったら帰ってこい――。
そう言って、いつも穏やかに笑ってくれていた父に、すっかり甘えていた。
『この前、話したばかりなのに……このまま、何も話せないまま死んじゃうのかな?』
堪えきれず弱音を吐いた花梨に、叔母がかすかに息を吸う。
『大丈夫よ、花梨ちゃん……きっと恵一さんは助かる……』
数時間後、父の手術は成功し、ICU(集中治療室)へと移された。
執刀医から一通りの説明を受け、花梨は叔母と一緒に入院の手続きを進める。
書類、同意書、必要な日用品。想像していた以上に早急に用意せねばならないものが多く、何度も心が折れかけた。
それでも叔母が一緒になって手伝ってくれたおかげで、どうにかすべてを終えることができた。
ひと息つき病院のベンチでへばる花梨の隣に、叔母がそっと腰掛けた。
『花梨ちゃん……こんな時に本当に申し訳ないんだけどね』
『どうしたの、叔母さん』
叔母は少し言い淀み、暗い表情で視線を落とす。
『……でも、〝こんな時だからこそ〟伝えておいたほうがいいことがあるの。恵一さんの工場のことなんだけど』


