タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 お嬢様が、目を覚まされたあの朝。
 私はいつも通り、紅茶を用意して部屋を訪れた。

「お嬢様、よろしいですか?」

 返ってきた声は、いつもと同じ。
 けれど、どこが違うことを私は確かに感じていた。
 気配。
 あるいは雰囲気とでも呼ぶきか。
 うまく形容することができないが、異質な何かを私は感じ取ったのだ。
 それは扉を開けた瞬間、確信へと変わった。
 そこにいらっしゃるのは、これまでのキャサリン様ではないと、侍女としての本能がそう告げていた。
 視線。
 立ち居振る舞い。
 空気。
 目に見えてわかる差異は、ほんのわずかなものだが、これを見誤るようではお嬢様の侍女など務められない。

「舞踏会は、7日後で間違いないわね?」

 最初の問いで、私は理解した。
 これから何かが起こるのだ、と。
 そしてそのことをお嬢様が承知していることも。

「その通りでございます、お嬢様」

 それならば私から問うことは何もない。
 これまでと同じだ。
 お嬢様が語らないのであれば、そこにははっきりとした理由がある。
 気を揉むことに意味はない。
 私の役目は今までと変わらない。
 お嬢様をお支えすること。
 それだけだ。



✿✿✿❀✿✿✿



「ここ数日でジェームズ様や……ミレイユ嬢が、どんな動きをしているのか。調べてちょうだい」

 そう命じられたその日から、私はすぐに動きだしていた。
 情報は足で稼ぐものだ。
 そして人で稼ぐものでもある。

「久しいですね、マルク」

 王宮の裏手。
 人気のない回廊で、1人の男に声をかけた。

「……。エマか? 珍しいな、こんなところに」

 振り返ったのは下級役人。
 表向きはただの事務方。
 だが、情報の流れには聡い男だった。

「少々、伺いたいことが……」

 声を落として私は話す。
 それを聞くにつき、ただ事ではないとマルクも姿勢を正した。

「内容によるな」
「書記官の動きです」

 ぴくり。
 マルクの表情がわずかに曇る。

「……。穏やかじゃないな」
「ええ。ですが、報酬は弾みますよ」

 努めてにこやかに私は言った。

「……」

 短い沈黙。
 そして、観念したようにマルクがため息をついた。

「どこまで知りたいんだ?」

 取引が成立した。



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 数時間後。
 私の手元には、十分すぎるほどの情報が揃っていた。

「……やはりですか」

 グレイソン書記官。
 最近の不審な金の動き。
 頻繁な外出。
 何よりも、男爵家との接触が決定的だった。

「わかりやすい方々で助かりました」

 これほど露骨であれば、たどるのは容易いでしょう。
 問題は、得られた情報をどう使うか。
 証拠はただ集めればいいというものではない。
 出すタイミング。
 組み合わせ。
 見せ方。
 それらすべてが揃って、初めて意味を持つ。効果的になる。

「……。お嬢様なら、どうなさるでしょうね」

 考えるまでもないのかもしれない。
 あの方は、すでに戦場を見据えていらっしゃる。
 ならば私は、その盤面を少しだけ整えるだけでいい。



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 ほどなくして私は、お嬢様から一通の手紙を預かっていた。

「これを例の書記官へ」
「……承知いたしました」

 内容は確かめない。
 しかし、その意図だけは私にもはっきりと理解できた。
 これは罠だ。
 確実に獲物を仕留めるための猛毒だった。



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 舞踏会当日。
 私はお嬢様の後ろに控えていた。
 きっとすべてお嬢様の予定どおりに運んでいるのだろう。
 お嬢様は一切の迷いなく、この場を支配していく。
 言葉一つ。
 視線一つ。
 それら全部が計算され尽くされたかのようだった。

 ――お見事です。

 思わず、内心で感嘆した。
 グレイソン書記官が崩れた瞬間、私はお嬢様に祝福を挙げていた。
 そうして、全部が終わったあと、バルコニーで夜空を見上げるお嬢様の背中を、私は少し離れた場所から見守った。

 風に揺れるドレス。
 静かな横顔。
 そこにはもう、かつての面影は一切なかった。
 お嬢様は新しいステージに向かわれたのだ。
 最初からわかっていた。
 初めてお仕えしたときからずっと、この方はだれにも負けはしないと感じていた。
 たとえ一度は敗れたとしても、必ず立ちあがる方だと私は信じていた。

「お嬢様」

 静かに声をかける。

「どうしたの、エマ?」

 振り返ったお嬢様の表情は、とても穏やかだった。

「お見事でございました」

 短く告げる。
 それ以上の言葉は余計だろう。
 お嬢様は一瞬だけ目を細め、そしてふっと口元を緩ませた。

「ありがとう」

 私は深く一礼する。
 この方に仕えていることを、私は誇らしく思った。
 これからも、たとえこの先にどのような未来が待ち受けていようとも、私は変わらずにお嬢様のそばに立ちつづけるだろう。

 主の勝利を疑うことなど、一度もなかったのだから。