初冬の始まりは、いつも唐突にやってくる。
昨日まで秋の風だったものが、今日は少し違う重さを持っている。
街路樹の緑が薄くなり、石畳が午後の光を跳ね返す角度が変わる。それだけのことなのに、季節が変わったと体が先に気がついた。
「……」
メアリーは馬車の窓から、そんな王都の街並みをぼんやりと眺めていた。
今日の用事は、大したものではない。婚約破棄の騒動のあと、少し滞っていた社交上のやり取りをいくつか片づけるために、知人の屋敷を2軒ほど回った。
それだけだ。
午後の早い時間には終わって、あとは帰るだけだった。
帰り道に、花屋の前を通りかかったとき、ふと思い出した。
屋敷の庭に1本だけ咲いていた白い花が、先日の嵐で折れてしまったのだ。
「少しだけ寄り道をします」
御者に声をかけて、花屋の前で馬車を止めてもらった。
店の中を少し見て回って、目当ての花を1本だけ買い求める。
同じ種類の、白い花だ。
だれかへの贈り物でも、特別な日のためでもない。ただ自分が、そうしたかった。それだけの理由だった。
そのことを、メアリーはだれにも話したことがなかった。
あの花を植えたのが、フィリップと一緒だったということも。
「ありがとうございます」
馬車に戻って、花を膝の上に置いた。
窓の外に目をやりながら、帰り道をゆっくりと揺られていく。
空の色が、少し変わっていた。
出かけるときは晴れていたのに、いつの間にか雲が広がっている。重たい灰色ではなく、白みがかった薄い雲だ。
降るかどうか微妙な具合だろう。
馬車が並木道を曲がったとき、メアリーの目が、ふと一点で止まった。
道沿いの石段に、1人の青年が腰を下ろしている。
飾り気のない服装に、どこかぼさぼさとした髪。
スケッチブックを膝に広げて、鉛筆を集中した様子で走らている。その態度に、空の変化に気がついているそぶりはまったくない。
フィリップだ。
「止めてください」
気がついたら、御者に声をかけていた。
馬車が緩やかに速度を落とす。
メアリーは窓からもう一度外を見た。
フィリップはまだスケッチを続けている。空を見上げる気配もない。雲が厚くなっているのに、やはり気がついていないのだろう。
「……。はあ」
メアリーは小さく息をついて、馬車の扉を開けた。
石畳に降り立つ。
足音が聞こえたようで、フィリップが顔を上げた。
驚いた顔だった。
次にどこか困ったような顔をした。照れ隠しに眉をひそめるこの男の癖を、メアリーはよく知っていた。
「メアリー? 何をしているんだ、こんなところで」
「それはこちらの台詞ですわ」
メアリーが空を指差した。フィリップがようやく顔を上げる。
「もう雨が降りそうです。あそこの軒下へ参りましょう」
返事を待たずに、メアリーがフィリップの腕を引く。
フィリップが「おい」と言いかけた瞬間、最初の雨粒が石畳に落ちた。それが合図だったように、雨はあっという間に本降りになる。
「はあはあ……」
2人が走り込んだのは、道沿いの商家の軒下だ。
屋根の端から雨粒が滝のように流れ落ちていく。
間一髪だった。
メアリーが後ろを振り返ると、馬車はすでになかった。気を利かせて、御者がどこかへ回してしまったらしい。
「……行ってしまいましたね」
メアリーが言えば、フィリップが困ったように笑った。
2人で並んで、降りしきる雨を眺める。
雨の音は、思いのほか静かだった。
激しく降っているのに、軒下にいると不思議と穏やかな気持ちになる。濡れた石畳に光が反射して、街並みが少し違う顔を見せていた。
まもなく、フィリップがスケッチブックを開く。濡れていないことを確かめてから、また鉛筆を走らせ始めた。
「雨の中でも描くんですね」
メアリーが隣から覗きこめば、フィリップも短い会話で応じる
「光の加減が変わるので」
メアリーはスケッチブックをもう少し覗きこんだ。
それにフィリップが気づいて、ほんの少しだけ手元をメアリーの方へと傾けた。
たったそれだけのことだが、自然と二人の距離が縮まる。
濡れた石畳。雨に煙る街並み。軒先に揺れる看板。それらがフィリップの鉛筆によって、丁寧に、しかし迷いなく紙の上に現れていく。
「……。綺麗……」
思わず口にすると、フィリップが「今さら何を」とぶっきらぼうに返した。
メアリーが小さく笑う。
フィリップが横目でそれを見て、またスケッチに戻る。
2人の間に、静かな時間が流れた。会話がなくても、沈黙が苦ではなかった。幼い頃からそうだった。この男といると、黙っていることが不思議と楽だった。
フィリップの鉛筆が、ふと止まった。
視線が、メアリーの手元に向いていた。
「あっ……」
膝の上の花だ。
馬車から降りるときに慌てていたので、手に持ったまま持って来てしまった。
メアリーが少しだけ恥ずかしそうに、花を隠す。
「……」
フィリップは何も言わない。
ただ少しの間だけ、その花を見ていた。それからまた、鉛筆を動かしはじめた。
✿✿✿❀✿✿✿
雨が弱まり始めた頃、メアリーはふとスケッチブックに目をやった。
さっきまでと、少し違う気がした。
街並みの手前、石畳の端に、先ほどまではなかったものが描き加えられている。
小さな花壇だ。
王都のこの通りには存在しない、こぢんまりとした花壇。
そこに、細い茎と小さな花びらを持つ一輪の花が、ひっそりと咲いていた。
「……っ」
メアリーは息を呑んだ。
白い花だった。
フィリップは何も言わず、メアリーの視線に気がづかないふりをして、黙々とスケッチをつづける。無論、その横顔が強張っていたのは言うまでもない。
フィリップも覚えていたのだ。
一緒に花を植えたあの日のことを、フィリップは今もまだ忘れていない。言葉にしたことは一度もないのに、ずっと覚えてくれていた。
メアリーが膝の上の花に視線を落とす。
何か言おうとして、でも言葉が見つからなかった。
気がつけば、雨の勢いは弱まっていた。
「……」
軒先から滴り落ちる雫の音だけが残って、石畳は濡れたまま光っていた。空の向こうが、少しずつ明るくなっていく。
フィリップがスケッチブックを閉じて、立ち上がる。
そのフィリップの裾を、メアリーが横から摘まんだ。
「……まだ降るかもしれません」
メアリーが言った。
どう見ても、雨雲は遠ざかっていた。
空の端には、青い景色が戻り始めている。
「そうかもしれない……」
フィリップが一度空を確かめてから、もう一度、軒先に腰をおろした。スケッチブックを開き、また鉛筆を走らせ始める。
晴れた空の下で、2人はもう少しだけそこにいた。
なぜそうしているのか、お互いにわかっていた。
それで十分だった。
✿✿✿❀✿✿✿
その頃、キャサリンは自室にいた。
椅子に座り、王都で流行中の恋愛小説に半ば義務感覚で目を通していると、エマから声がかかる。
「お嬢様、少しよろしいですか?」
「どうしたの?」
「私もあれからロナルド様の取り巻きのことが気になって、追加で調査をしたのですが……」
「ああ、待ってね」
キャサリンが本に栞を挟み、話に耳を傾けるべく姿勢を改めた。
自分のほうへと向きなおったキャサリンに、エマが続ける。
「どうにも、証言を翻した2人については、最近になってからロナルド様に取り入るようになったようなのです。そして、その時期というのが、フィリップ様が芸術家としての才能を認められはじめた時期と、ちょうど重なっているんですよね……」
やっぱりかという思いがした。
――自作自演だったか……。
キャサリンが呆れたように顔に手をやる。
どうやら自分がメアリーとの別れ際に抱いた考えというのは、あたってしまっていたようだ。すなわち、フィリップに発破をかけるための自作自演である。
取り巻きの証言というのは、そもそもメアリー側が用意したものだ。メアリーは最初から負けようのない試合に臨んでいる。それは本来の依頼者であるフィリップが自力でやっても、勝てるようにするためだろう。
――かわいい顔して、自分を囮にするなんて、えげつないことをするのね。
せっかく芸術家としての芽が出始めたというのに、いつまでも自分へのアプローチを渋るフィリップに嫉妬して、婚約者を出汁に使ったというのが真相に違いない。ヒーローが来てくれないので、来ざるをえない状況を代わりに作った。実際、ロナルドはどうしようもない相手だったので、メアリーにとっては一石二鳥の作戦だったはずだ。
「どこがいいんだか……あんなもやしっ子」
「なんですか、お嬢様?」
フィリップのことを念頭にメアリーに思いを馳せれば、行間を読めなかったエマがキャサリンに尋ねる。
「なんでもないわ。それよりもエマ、その話のことなんだけどね」
「はい」
「見なかったことにしましょう」
エマが目を白黒とさせてキャサリンを見る。
「よろしいんですか?」
「ええ……たぶん、平気よ」
キャサリンはどこか遠い目をしながら侍女に答える。
――待って……。
もしも本当にメアリーによるマッチポンプならば、自分が出ばった時点で、メアリーはキャサリンの背後にフィリップの存在を感じ取ったはずだ。同じエルフェルトの苗字を持つのだから、繋がっていると考えるのは当然である。
――ということは、前回の訪問はお礼の挨拶なんかじゃないわね……。
本当の目的はきっと違う。
愛しのフィリップに、いらぬちょっかいをかけているなら容赦しないという、宣戦布告だったのかもしれない。
「あの腹黒清楚……」
冗談ではない。
こんなに外面と内面が乖離している女性も珍しい。
ただの血縁というだけで、フィリップとの仲を疑われてはたまらない。
「エマ、フィリップ様に手紙を」
「内容はどうしましょうか?」
「『私のために、一刻も早くメアリー嬢を娶ってくださいませ』。以上よ」
――本当に心の底から、一緒になってくれることを願っているわ。
「はあ……」
――でも……。
こうやってフィリップに働きかけようとすることさえも、メアリーの思うつぼのようで、キャサリンは頭を抱えた。
――嫌な知り合いができたものね……。
幸か不幸か、フィリップとの縁は切れそうにない。
昨日まで秋の風だったものが、今日は少し違う重さを持っている。
街路樹の緑が薄くなり、石畳が午後の光を跳ね返す角度が変わる。それだけのことなのに、季節が変わったと体が先に気がついた。
「……」
メアリーは馬車の窓から、そんな王都の街並みをぼんやりと眺めていた。
今日の用事は、大したものではない。婚約破棄の騒動のあと、少し滞っていた社交上のやり取りをいくつか片づけるために、知人の屋敷を2軒ほど回った。
それだけだ。
午後の早い時間には終わって、あとは帰るだけだった。
帰り道に、花屋の前を通りかかったとき、ふと思い出した。
屋敷の庭に1本だけ咲いていた白い花が、先日の嵐で折れてしまったのだ。
「少しだけ寄り道をします」
御者に声をかけて、花屋の前で馬車を止めてもらった。
店の中を少し見て回って、目当ての花を1本だけ買い求める。
同じ種類の、白い花だ。
だれかへの贈り物でも、特別な日のためでもない。ただ自分が、そうしたかった。それだけの理由だった。
そのことを、メアリーはだれにも話したことがなかった。
あの花を植えたのが、フィリップと一緒だったということも。
「ありがとうございます」
馬車に戻って、花を膝の上に置いた。
窓の外に目をやりながら、帰り道をゆっくりと揺られていく。
空の色が、少し変わっていた。
出かけるときは晴れていたのに、いつの間にか雲が広がっている。重たい灰色ではなく、白みがかった薄い雲だ。
降るかどうか微妙な具合だろう。
馬車が並木道を曲がったとき、メアリーの目が、ふと一点で止まった。
道沿いの石段に、1人の青年が腰を下ろしている。
飾り気のない服装に、どこかぼさぼさとした髪。
スケッチブックを膝に広げて、鉛筆を集中した様子で走らている。その態度に、空の変化に気がついているそぶりはまったくない。
フィリップだ。
「止めてください」
気がついたら、御者に声をかけていた。
馬車が緩やかに速度を落とす。
メアリーは窓からもう一度外を見た。
フィリップはまだスケッチを続けている。空を見上げる気配もない。雲が厚くなっているのに、やはり気がついていないのだろう。
「……。はあ」
メアリーは小さく息をついて、馬車の扉を開けた。
石畳に降り立つ。
足音が聞こえたようで、フィリップが顔を上げた。
驚いた顔だった。
次にどこか困ったような顔をした。照れ隠しに眉をひそめるこの男の癖を、メアリーはよく知っていた。
「メアリー? 何をしているんだ、こんなところで」
「それはこちらの台詞ですわ」
メアリーが空を指差した。フィリップがようやく顔を上げる。
「もう雨が降りそうです。あそこの軒下へ参りましょう」
返事を待たずに、メアリーがフィリップの腕を引く。
フィリップが「おい」と言いかけた瞬間、最初の雨粒が石畳に落ちた。それが合図だったように、雨はあっという間に本降りになる。
「はあはあ……」
2人が走り込んだのは、道沿いの商家の軒下だ。
屋根の端から雨粒が滝のように流れ落ちていく。
間一髪だった。
メアリーが後ろを振り返ると、馬車はすでになかった。気を利かせて、御者がどこかへ回してしまったらしい。
「……行ってしまいましたね」
メアリーが言えば、フィリップが困ったように笑った。
2人で並んで、降りしきる雨を眺める。
雨の音は、思いのほか静かだった。
激しく降っているのに、軒下にいると不思議と穏やかな気持ちになる。濡れた石畳に光が反射して、街並みが少し違う顔を見せていた。
まもなく、フィリップがスケッチブックを開く。濡れていないことを確かめてから、また鉛筆を走らせ始めた。
「雨の中でも描くんですね」
メアリーが隣から覗きこめば、フィリップも短い会話で応じる
「光の加減が変わるので」
メアリーはスケッチブックをもう少し覗きこんだ。
それにフィリップが気づいて、ほんの少しだけ手元をメアリーの方へと傾けた。
たったそれだけのことだが、自然と二人の距離が縮まる。
濡れた石畳。雨に煙る街並み。軒先に揺れる看板。それらがフィリップの鉛筆によって、丁寧に、しかし迷いなく紙の上に現れていく。
「……。綺麗……」
思わず口にすると、フィリップが「今さら何を」とぶっきらぼうに返した。
メアリーが小さく笑う。
フィリップが横目でそれを見て、またスケッチに戻る。
2人の間に、静かな時間が流れた。会話がなくても、沈黙が苦ではなかった。幼い頃からそうだった。この男といると、黙っていることが不思議と楽だった。
フィリップの鉛筆が、ふと止まった。
視線が、メアリーの手元に向いていた。
「あっ……」
膝の上の花だ。
馬車から降りるときに慌てていたので、手に持ったまま持って来てしまった。
メアリーが少しだけ恥ずかしそうに、花を隠す。
「……」
フィリップは何も言わない。
ただ少しの間だけ、その花を見ていた。それからまた、鉛筆を動かしはじめた。
✿✿✿❀✿✿✿
雨が弱まり始めた頃、メアリーはふとスケッチブックに目をやった。
さっきまでと、少し違う気がした。
街並みの手前、石畳の端に、先ほどまではなかったものが描き加えられている。
小さな花壇だ。
王都のこの通りには存在しない、こぢんまりとした花壇。
そこに、細い茎と小さな花びらを持つ一輪の花が、ひっそりと咲いていた。
「……っ」
メアリーは息を呑んだ。
白い花だった。
フィリップは何も言わず、メアリーの視線に気がづかないふりをして、黙々とスケッチをつづける。無論、その横顔が強張っていたのは言うまでもない。
フィリップも覚えていたのだ。
一緒に花を植えたあの日のことを、フィリップは今もまだ忘れていない。言葉にしたことは一度もないのに、ずっと覚えてくれていた。
メアリーが膝の上の花に視線を落とす。
何か言おうとして、でも言葉が見つからなかった。
気がつけば、雨の勢いは弱まっていた。
「……」
軒先から滴り落ちる雫の音だけが残って、石畳は濡れたまま光っていた。空の向こうが、少しずつ明るくなっていく。
フィリップがスケッチブックを閉じて、立ち上がる。
そのフィリップの裾を、メアリーが横から摘まんだ。
「……まだ降るかもしれません」
メアリーが言った。
どう見ても、雨雲は遠ざかっていた。
空の端には、青い景色が戻り始めている。
「そうかもしれない……」
フィリップが一度空を確かめてから、もう一度、軒先に腰をおろした。スケッチブックを開き、また鉛筆を走らせ始める。
晴れた空の下で、2人はもう少しだけそこにいた。
なぜそうしているのか、お互いにわかっていた。
それで十分だった。
✿✿✿❀✿✿✿
その頃、キャサリンは自室にいた。
椅子に座り、王都で流行中の恋愛小説に半ば義務感覚で目を通していると、エマから声がかかる。
「お嬢様、少しよろしいですか?」
「どうしたの?」
「私もあれからロナルド様の取り巻きのことが気になって、追加で調査をしたのですが……」
「ああ、待ってね」
キャサリンが本に栞を挟み、話に耳を傾けるべく姿勢を改めた。
自分のほうへと向きなおったキャサリンに、エマが続ける。
「どうにも、証言を翻した2人については、最近になってからロナルド様に取り入るようになったようなのです。そして、その時期というのが、フィリップ様が芸術家としての才能を認められはじめた時期と、ちょうど重なっているんですよね……」
やっぱりかという思いがした。
――自作自演だったか……。
キャサリンが呆れたように顔に手をやる。
どうやら自分がメアリーとの別れ際に抱いた考えというのは、あたってしまっていたようだ。すなわち、フィリップに発破をかけるための自作自演である。
取り巻きの証言というのは、そもそもメアリー側が用意したものだ。メアリーは最初から負けようのない試合に臨んでいる。それは本来の依頼者であるフィリップが自力でやっても、勝てるようにするためだろう。
――かわいい顔して、自分を囮にするなんて、えげつないことをするのね。
せっかく芸術家としての芽が出始めたというのに、いつまでも自分へのアプローチを渋るフィリップに嫉妬して、婚約者を出汁に使ったというのが真相に違いない。ヒーローが来てくれないので、来ざるをえない状況を代わりに作った。実際、ロナルドはどうしようもない相手だったので、メアリーにとっては一石二鳥の作戦だったはずだ。
「どこがいいんだか……あんなもやしっ子」
「なんですか、お嬢様?」
フィリップのことを念頭にメアリーに思いを馳せれば、行間を読めなかったエマがキャサリンに尋ねる。
「なんでもないわ。それよりもエマ、その話のことなんだけどね」
「はい」
「見なかったことにしましょう」
エマが目を白黒とさせてキャサリンを見る。
「よろしいんですか?」
「ええ……たぶん、平気よ」
キャサリンはどこか遠い目をしながら侍女に答える。
――待って……。
もしも本当にメアリーによるマッチポンプならば、自分が出ばった時点で、メアリーはキャサリンの背後にフィリップの存在を感じ取ったはずだ。同じエルフェルトの苗字を持つのだから、繋がっていると考えるのは当然である。
――ということは、前回の訪問はお礼の挨拶なんかじゃないわね……。
本当の目的はきっと違う。
愛しのフィリップに、いらぬちょっかいをかけているなら容赦しないという、宣戦布告だったのかもしれない。
「あの腹黒清楚……」
冗談ではない。
こんなに外面と内面が乖離している女性も珍しい。
ただの血縁というだけで、フィリップとの仲を疑われてはたまらない。
「エマ、フィリップ様に手紙を」
「内容はどうしましょうか?」
「『私のために、一刻も早くメアリー嬢を娶ってくださいませ』。以上よ」
――本当に心の底から、一緒になってくれることを願っているわ。
「はあ……」
――でも……。
こうやってフィリップに働きかけようとすることさえも、メアリーの思うつぼのようで、キャサリンは頭を抱えた。
――嫌な知り合いができたものね……。
幸か不幸か、フィリップとの縁は切れそうにない。

