目が覚めた。
見慣れた天井が見える。
エルフェルト公爵家の屋敷、自室の天井だ。
朝の光が、カーテンの隙間から細く差し込んでいる。
「……」
キャサリンはしばらく、動かなかった。
――最悪の目覚めね。
頭の中を、記憶が流れていく。
王宮の発表会場。
ヴィクターの晴れやかな顔。
リディアの青ざめた横顔。
婚約破棄の言葉。
そして、二度と帰らぬ人となってしまった子供と、それを抱きしめて離さないリディアの姿。
すべてはっきりと覚えていた。
――死なせないわ、絶対に。
体を起こして、窓の外を見る。
王都の朝の空気が、変わらずそこにある。
発表まであと何日が残っているのか。
記憶をたどる。
ソフィアから話を聞いたのが発表の10日前だ。
今の記憶でソフィアにはまだ会っていない。
発表はあと10日以上先のことだ。
「十分ね」
キャサリンは静かに立ち上がった。
窓の外の空は高く、よく晴れていた。
やることは山ほどある。
しかし、順番を間違えてはいけない。
最初にやるべきことは、たった一つだ。
「エマ」
扉を開けると、廊下にはすでにエマが立っていた。
まるで待っていたかのように、自然な立ち位置だ。
「おはようございます、お嬢様」
いつもと変わらない、静かな声。
「……おはよう」
キャサリンはエマの顔を見た。
タイムリープのたびに思うことだが、エマはいつも変わらない。
記憶を持っていないはずなのに、どこか泰然としている。
それがかえって、キャサリンには心強かった。
「今日の予定は断っておいて」
「承知しました」
それだけ告げて、キャサリンは身支度をはじめた。
✿✿✿❀✿✿✿
リディア・ウルペッカの調合室は、王都の中ほどにある。
表通りから少し入った路地に面した、小さな店構えだ。
看板には薬草の絵が描かれており、朝の光を受けて柔らかく輝いている。
キャサリンは馬車を少し手前で止めて、徒歩で近づいた。
「お嬢様、本当によろしいのですか?」
エマが隣で静かに言う。
「何が?」
「お嬢様の話ではセリーヌ様が、接触しているとのこと。突然訪ねていけば、リディア様からお嬢様も警戒されるかと」
「そうかもしれないわね」
キャサリンはあっさりと認める。
「でも、時間をかけて関係を築いている余裕はないの。相手は腕の立つ薬師なのだから、私が来たって不思議じゃないでしょう?」
エマは答えなかった。
それが肯定だということは、キャサリンにはわかっていた。
入り口の前に立つ。
扉は開いていた。
中から薬草の青い香りが漂ってくる。
キャサリンは少し立ち止まって、中の様子をうかがった。
「……」
リディアが調合室の奥で机に向かっている。
薬草を手に取り、状態を確かめているようだった。
その横顔は真剣そのものだ。
――この人は、こうやって7年間ずっと過ごして来たのね。
キャサリンは静かに思った。
そして扉を軽くノックする。
リディアが顔を上げる。
見知らぬ来客に一瞬だけ戸惑いの色が浮かんだ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
薬師としての自然な出迎え。
声は落ち着いている。
仕事に切り替えるのが早いと、キャサリンは思った。
リディアの目が、キャサリンのドレスと立ち振る舞いを素早く読む。
貴族だと、すぐに気づいたはずだった。
「エルフェルト公爵家のキャサリンと申します」
リディアの表情がわずかに動く。
エルフェルトという名前は、社交界では知らぬ者のない名だ。
ましてや、数か月前の婚約破棄劇のことは、王都中に知れ渡っている。
「キャサリン公爵令嬢が、なぜ私のところへ」
キャサリンは真っすぐにリディアを見た。
「少し、お時間をいただけますか? あなたに、お伝えしたいことがございます」
見慣れた天井が見える。
エルフェルト公爵家の屋敷、自室の天井だ。
朝の光が、カーテンの隙間から細く差し込んでいる。
「……」
キャサリンはしばらく、動かなかった。
――最悪の目覚めね。
頭の中を、記憶が流れていく。
王宮の発表会場。
ヴィクターの晴れやかな顔。
リディアの青ざめた横顔。
婚約破棄の言葉。
そして、二度と帰らぬ人となってしまった子供と、それを抱きしめて離さないリディアの姿。
すべてはっきりと覚えていた。
――死なせないわ、絶対に。
体を起こして、窓の外を見る。
王都の朝の空気が、変わらずそこにある。
発表まであと何日が残っているのか。
記憶をたどる。
ソフィアから話を聞いたのが発表の10日前だ。
今の記憶でソフィアにはまだ会っていない。
発表はあと10日以上先のことだ。
「十分ね」
キャサリンは静かに立ち上がった。
窓の外の空は高く、よく晴れていた。
やることは山ほどある。
しかし、順番を間違えてはいけない。
最初にやるべきことは、たった一つだ。
「エマ」
扉を開けると、廊下にはすでにエマが立っていた。
まるで待っていたかのように、自然な立ち位置だ。
「おはようございます、お嬢様」
いつもと変わらない、静かな声。
「……おはよう」
キャサリンはエマの顔を見た。
タイムリープのたびに思うことだが、エマはいつも変わらない。
記憶を持っていないはずなのに、どこか泰然としている。
それがかえって、キャサリンには心強かった。
「今日の予定は断っておいて」
「承知しました」
それだけ告げて、キャサリンは身支度をはじめた。
✿✿✿❀✿✿✿
リディア・ウルペッカの調合室は、王都の中ほどにある。
表通りから少し入った路地に面した、小さな店構えだ。
看板には薬草の絵が描かれており、朝の光を受けて柔らかく輝いている。
キャサリンは馬車を少し手前で止めて、徒歩で近づいた。
「お嬢様、本当によろしいのですか?」
エマが隣で静かに言う。
「何が?」
「お嬢様の話ではセリーヌ様が、接触しているとのこと。突然訪ねていけば、リディア様からお嬢様も警戒されるかと」
「そうかもしれないわね」
キャサリンはあっさりと認める。
「でも、時間をかけて関係を築いている余裕はないの。相手は腕の立つ薬師なのだから、私が来たって不思議じゃないでしょう?」
エマは答えなかった。
それが肯定だということは、キャサリンにはわかっていた。
入り口の前に立つ。
扉は開いていた。
中から薬草の青い香りが漂ってくる。
キャサリンは少し立ち止まって、中の様子をうかがった。
「……」
リディアが調合室の奥で机に向かっている。
薬草を手に取り、状態を確かめているようだった。
その横顔は真剣そのものだ。
――この人は、こうやって7年間ずっと過ごして来たのね。
キャサリンは静かに思った。
そして扉を軽くノックする。
リディアが顔を上げる。
見知らぬ来客に一瞬だけ戸惑いの色が浮かんだ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
薬師としての自然な出迎え。
声は落ち着いている。
仕事に切り替えるのが早いと、キャサリンは思った。
リディアの目が、キャサリンのドレスと立ち振る舞いを素早く読む。
貴族だと、すぐに気づいたはずだった。
「エルフェルト公爵家のキャサリンと申します」
リディアの表情がわずかに動く。
エルフェルトという名前は、社交界では知らぬ者のない名だ。
ましてや、数か月前の婚約破棄劇のことは、王都中に知れ渡っている。
「キャサリン公爵令嬢が、なぜ私のところへ」
キャサリンは真っすぐにリディアを見た。
「少し、お時間をいただけますか? あなたに、お伝えしたいことがございます」

