舞踏会当日。
王宮の大広間は、今宵もまばゆい光に満ちていた。
高く掲げられたシャンデリア。
磨きあげられた床に映る、無数の人影。
そして主役となる、華やかな衣装に身を包んだ貴族たち。
その中心に、キャサリンはゆっくりと足を踏み入れた。
――すべてが前回と同じ。
違うのは、ただ一つ。
――結末だけ。
「キャサリン様、本日もお美しく……」
「ありがとうございます」
交わされる挨拶に微笑みながら、キャサリンは周到に視線を巡らせる。
そして、すぐに見つけた。
壇上近くにジェームズ殿下と、その隣に寄り添うミレイユの姿がある。
――来るわね。
胸の内は、驚くほど静かだった。
やがて、楽団の演奏が止まる。
何事かと、ざわめきが広がり、自然と視線が一か所へと集まった。
――あの瞬間が、再び訪れる。
「キャサリン・エルフェルト」
第一王子のよく響く声。
名を呼ばれたキャサリンが、ゆっくりと歩み出る。
ここまでは記憶どおりだ。
「私はここに、お前との婚約を破棄する」
宣告。
周囲の息を呑む気配が手に取るように伝わった。
――ここからが私の番だ。
静かにキャサリンが顔を上げる。
「理由をお聞かせ願えますか?」
前回と同じ言葉。
しかし、そこに込められた意味と声の震えが全く違う。
「白々しいな。お前が何をしたのか、この僕が理解していないとでも?」
ジェームズ殿下は、あざけるように笑った。
隣ではミレイユが、わざとらしく体を震わせている。
「彼女は見たのだ。お前が他の男と密会しているところをな。申し開きがあるなら聞いてやろう」
――待っていましたよ、ジェームズ殿下。
うつむきがちな顔の下で、キャサリンはにやりと不敵に微笑んだ。
「証拠もある」
差し出される一通の手紙。
キャサリンが毒を仕込んだ、あの恋文だ。
会場のざわめきが一層大きくなる。
人々の視線が痛いほど、キャサリンに突き刺さった。
「……。それで?」
その場のすべてを物ともせず、キャサリンは小首を傾げてみせる。
その一言に空気が止まった。
「何?」
さすがのジェームズ殿下も、この反応は予想していなかったようだ。
第一王子の足が止まる。
「ですから。そのお話は、それで終わりでしょうか?」
淡々と問い返す。
焦りも動揺も、怒りさえ見せずにキャサリンは対峙する敵を見つめた。
ジェームズ殿下の眉が、ぴくりと引きつった。
「……ずいぶんと余裕があるようだな。だが、お前の罪は明白だ。証拠は揃っている」
「ええ、そのようですわね。ならばこそ、確認させていただきたいのです」
キャサリンが一歩前へ、もはやジェームズ殿下を威嚇する勢いで、彼我の距離を近づけていく。
「その手紙。たしかに私が書いたものだと、断言なさるのですね?」
「当然だ」
即答。
――引き出した。
あとは詰めていくだけ。
キャサリンからすれば簡単な作業だった。
結果がわかっているからこそ、キャサリンはゆっくりと微笑む。
「筆跡の鑑定はどなたが?」
「王宮の書記官だ」
「お名前を」
キャサリンから発せられる矢継ぎ早の質問に、ジェームズ殿下が気色ばむ。
「なぜそんなことを――」
だが、キャサリンは有無を言わせない。
第一王子の言葉をさえぎって、強引に話をつづける。
「お答えくださいませ」
堂々たるキャサリンの姿。
凛とした気配に、会場の空気が変わる。
キャサリンの敗色が濃厚だと信じて疑わなかった貴族たちも、成り行きを静かに見守りつつある。
その変化を敏感に嗅ぎ取ったジェームズ殿下は、額に小さな冷や汗をかいた。
だが、自分の勝利は変わらないはずだと、ジェームズ殿下は胸を張る。
「グレイソン書記官だ」
――勝った。
その名を聞いた瞬間に、予感は確信へと姿を変えていた。
「では、その方にお伺いしましょう」
視線を巡らせれば、すぐに相手は見つかった。
人混みの中に、明らかに動揺している男がいる。
「グレイソン書記官」
その名をキャサリンが呼べば、男はびくりと肩を震わせた。
「鑑定結果、改めて今ここでご説明いただけますね?」
「そ、それは……」
書記官の言葉が詰まる。
目に見えて顔色が悪くなっていく。
――当然でしょう。なにせ書記官は本物を見てしまったのですから。
「どうなさいました? 顔色が優れないようですが?」
「い、いえ……その……」
視線が泳ぐ。
額には大粒の汗がにじんでいる
――ダメ押しと行きましょうか。
キャサリンが静かに言い放つ。
「まさか、文書を偽造されたわけではございませんね?」
書記官の顔は完全に青ざめていた。
「な、何を根拠に!」
口を出さずにはいられなかったのだろう。
ジェームズ殿下が声を荒らげていた。
キャサリンが冷ややかな視線をそちらに向ける。
「証拠ですか……。ございますわよ、こちらに」
はっきりと告げて手を挙げれば、その合図とともにエマがキャサリンのそばに寄る。
その手には、一通の書類。
「それは……?」
「数日前、グレイソン書記官の元へと届けた文書の写しでございます」
前回の記憶から、どのような恋文が作られるのかはわかっていた。
それならば、こちらで本物を用意してしまえばいい。
内容は書記官たちに対する感謝と、その存在意義を認めるものにすぎないが、随所の単語を切って貼りつければ、恋文を作ることも可能だろう。
これから文書を偽造しようとしている人間が、おあつらえ向きの素材を見せられて我慢できるはずがない。
グレイソン書記官は使ってしまったのだ。
キャサリンが写しを持っているとも知らずに、キャサリンの筆跡を完璧にトレースしてしまった。
本人でさえ同じ文章を描けば、完全に同一の筆跡にはならない。
同一であるということは、それが原文をトレースしただけの偽造である何よりの証拠だった。
「ほかの書記官に、わざわざ鑑定をしてもらうまでもないことですが、無実だと言い張るならばやってみても構いませんよ。グレイソン書記官には答えていただきましょう。どうして全く同じ私の筆跡が、異なる文章に存在しているのか。その訳を」
逃げ場はもうない。
一歩。
また一歩。
写しを見せつけるように掲げながら、キャサリンが距離を詰めていく。
静まり返る会場の中心で、キャサリンは完全に場を掌握していた。
「もうおわかりでしょう、みなさん。グレイソン書記官は偽の鑑定を行ったということです」
グレイソン書記官は、ついに膝から崩れ落ちた。
「……も、申し訳ございません……。私は命じられて……」
絞り出すような声で、グレイソン書記官はキャサリンに慈悲を懇願した。
だが、ここで手を緩めるようなキャサリンではない。
「誰にですか?」
すぐさま追い打ちの一言をかける。
震えながらグレイソン書記官は顔を上げ、そうしてまたうつむきながら2人のほうを指さす。
「……ミレイユ様とジェームズ殿下です」
どよめきが爆発した。
今や会場中の視線が、策謀を仕掛けた2人へと向けられている。
それら無数の視線に耐え切れず、ジェームズ殿下は振り払うように腕を乱暴に動かした。
「なっ……! でたらめだ!」
「そ、そうです! わたくしは何も――」
ミレイユも必死に否定したが、もはや手遅れであることはだれの目にも明らかだった。
――もう遅いのよ。
キャサリンは満足げに微笑んだ。
「婚約破棄のお話、確かに承りました」
優雅な一礼。
貴族たちがキャサリンの次の言葉を待っていた。
「謹んでお受けいたしましょう。あなた方の罪と共に」
普段、偉そうにしている王族のゴシップ。
こんなの盛りあがらないはずがない。
キャサリンの一言に、会場中が沸いた。
王宮の大広間は、今宵もまばゆい光に満ちていた。
高く掲げられたシャンデリア。
磨きあげられた床に映る、無数の人影。
そして主役となる、華やかな衣装に身を包んだ貴族たち。
その中心に、キャサリンはゆっくりと足を踏み入れた。
――すべてが前回と同じ。
違うのは、ただ一つ。
――結末だけ。
「キャサリン様、本日もお美しく……」
「ありがとうございます」
交わされる挨拶に微笑みながら、キャサリンは周到に視線を巡らせる。
そして、すぐに見つけた。
壇上近くにジェームズ殿下と、その隣に寄り添うミレイユの姿がある。
――来るわね。
胸の内は、驚くほど静かだった。
やがて、楽団の演奏が止まる。
何事かと、ざわめきが広がり、自然と視線が一か所へと集まった。
――あの瞬間が、再び訪れる。
「キャサリン・エルフェルト」
第一王子のよく響く声。
名を呼ばれたキャサリンが、ゆっくりと歩み出る。
ここまでは記憶どおりだ。
「私はここに、お前との婚約を破棄する」
宣告。
周囲の息を呑む気配が手に取るように伝わった。
――ここからが私の番だ。
静かにキャサリンが顔を上げる。
「理由をお聞かせ願えますか?」
前回と同じ言葉。
しかし、そこに込められた意味と声の震えが全く違う。
「白々しいな。お前が何をしたのか、この僕が理解していないとでも?」
ジェームズ殿下は、あざけるように笑った。
隣ではミレイユが、わざとらしく体を震わせている。
「彼女は見たのだ。お前が他の男と密会しているところをな。申し開きがあるなら聞いてやろう」
――待っていましたよ、ジェームズ殿下。
うつむきがちな顔の下で、キャサリンはにやりと不敵に微笑んだ。
「証拠もある」
差し出される一通の手紙。
キャサリンが毒を仕込んだ、あの恋文だ。
会場のざわめきが一層大きくなる。
人々の視線が痛いほど、キャサリンに突き刺さった。
「……。それで?」
その場のすべてを物ともせず、キャサリンは小首を傾げてみせる。
その一言に空気が止まった。
「何?」
さすがのジェームズ殿下も、この反応は予想していなかったようだ。
第一王子の足が止まる。
「ですから。そのお話は、それで終わりでしょうか?」
淡々と問い返す。
焦りも動揺も、怒りさえ見せずにキャサリンは対峙する敵を見つめた。
ジェームズ殿下の眉が、ぴくりと引きつった。
「……ずいぶんと余裕があるようだな。だが、お前の罪は明白だ。証拠は揃っている」
「ええ、そのようですわね。ならばこそ、確認させていただきたいのです」
キャサリンが一歩前へ、もはやジェームズ殿下を威嚇する勢いで、彼我の距離を近づけていく。
「その手紙。たしかに私が書いたものだと、断言なさるのですね?」
「当然だ」
即答。
――引き出した。
あとは詰めていくだけ。
キャサリンからすれば簡単な作業だった。
結果がわかっているからこそ、キャサリンはゆっくりと微笑む。
「筆跡の鑑定はどなたが?」
「王宮の書記官だ」
「お名前を」
キャサリンから発せられる矢継ぎ早の質問に、ジェームズ殿下が気色ばむ。
「なぜそんなことを――」
だが、キャサリンは有無を言わせない。
第一王子の言葉をさえぎって、強引に話をつづける。
「お答えくださいませ」
堂々たるキャサリンの姿。
凛とした気配に、会場の空気が変わる。
キャサリンの敗色が濃厚だと信じて疑わなかった貴族たちも、成り行きを静かに見守りつつある。
その変化を敏感に嗅ぎ取ったジェームズ殿下は、額に小さな冷や汗をかいた。
だが、自分の勝利は変わらないはずだと、ジェームズ殿下は胸を張る。
「グレイソン書記官だ」
――勝った。
その名を聞いた瞬間に、予感は確信へと姿を変えていた。
「では、その方にお伺いしましょう」
視線を巡らせれば、すぐに相手は見つかった。
人混みの中に、明らかに動揺している男がいる。
「グレイソン書記官」
その名をキャサリンが呼べば、男はびくりと肩を震わせた。
「鑑定結果、改めて今ここでご説明いただけますね?」
「そ、それは……」
書記官の言葉が詰まる。
目に見えて顔色が悪くなっていく。
――当然でしょう。なにせ書記官は本物を見てしまったのですから。
「どうなさいました? 顔色が優れないようですが?」
「い、いえ……その……」
視線が泳ぐ。
額には大粒の汗がにじんでいる
――ダメ押しと行きましょうか。
キャサリンが静かに言い放つ。
「まさか、文書を偽造されたわけではございませんね?」
書記官の顔は完全に青ざめていた。
「な、何を根拠に!」
口を出さずにはいられなかったのだろう。
ジェームズ殿下が声を荒らげていた。
キャサリンが冷ややかな視線をそちらに向ける。
「証拠ですか……。ございますわよ、こちらに」
はっきりと告げて手を挙げれば、その合図とともにエマがキャサリンのそばに寄る。
その手には、一通の書類。
「それは……?」
「数日前、グレイソン書記官の元へと届けた文書の写しでございます」
前回の記憶から、どのような恋文が作られるのかはわかっていた。
それならば、こちらで本物を用意してしまえばいい。
内容は書記官たちに対する感謝と、その存在意義を認めるものにすぎないが、随所の単語を切って貼りつければ、恋文を作ることも可能だろう。
これから文書を偽造しようとしている人間が、おあつらえ向きの素材を見せられて我慢できるはずがない。
グレイソン書記官は使ってしまったのだ。
キャサリンが写しを持っているとも知らずに、キャサリンの筆跡を完璧にトレースしてしまった。
本人でさえ同じ文章を描けば、完全に同一の筆跡にはならない。
同一であるということは、それが原文をトレースしただけの偽造である何よりの証拠だった。
「ほかの書記官に、わざわざ鑑定をしてもらうまでもないことですが、無実だと言い張るならばやってみても構いませんよ。グレイソン書記官には答えていただきましょう。どうして全く同じ私の筆跡が、異なる文章に存在しているのか。その訳を」
逃げ場はもうない。
一歩。
また一歩。
写しを見せつけるように掲げながら、キャサリンが距離を詰めていく。
静まり返る会場の中心で、キャサリンは完全に場を掌握していた。
「もうおわかりでしょう、みなさん。グレイソン書記官は偽の鑑定を行ったということです」
グレイソン書記官は、ついに膝から崩れ落ちた。
「……も、申し訳ございません……。私は命じられて……」
絞り出すような声で、グレイソン書記官はキャサリンに慈悲を懇願した。
だが、ここで手を緩めるようなキャサリンではない。
「誰にですか?」
すぐさま追い打ちの一言をかける。
震えながらグレイソン書記官は顔を上げ、そうしてまたうつむきながら2人のほうを指さす。
「……ミレイユ様とジェームズ殿下です」
どよめきが爆発した。
今や会場中の視線が、策謀を仕掛けた2人へと向けられている。
それら無数の視線に耐え切れず、ジェームズ殿下は振り払うように腕を乱暴に動かした。
「なっ……! でたらめだ!」
「そ、そうです! わたくしは何も――」
ミレイユも必死に否定したが、もはや手遅れであることはだれの目にも明らかだった。
――もう遅いのよ。
キャサリンは満足げに微笑んだ。
「婚約破棄のお話、確かに承りました」
優雅な一礼。
貴族たちがキャサリンの次の言葉を待っていた。
「謹んでお受けいたしましょう。あなた方の罪と共に」
普段、偉そうにしている王族のゴシップ。
こんなの盛りあがらないはずがない。
キャサリンの一言に、会場中が沸いた。

