タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 発表当日の朝、リディアは診療所に寄った。
 習慣だからという理由だけではない。
 今日という日を前にして、もう一度、子供たちの顔を見ておきたかったのだ。

「……」

 少年カイムのベッドの前。
 椅子を引いて、リディアはしゃがみこむ。
 顔色は、先週より少しだけいい気がした。

「今日、発表があるの」

 リディアが声をかけると、カイムは目を丸くした。

「もう完成したのか?」
「ホントはあと少し……なんだけどね」

 正直に答えた。
 嘘をつくつもりはない。

「でも、必ず完成させるわ。約束する」

 カイムがゆっくりとうなずく。
 その顔がリディアの胸に深く刻まれた。

「……」

 診療所をあとにして王宮へと向かう道すがら、リディアは少しの間だけ足を止めた。
 空は高く晴れている。
 風が髪を軽くなでた。
 今日、何かが起きてしまうかもしれない。
 そんな不安が数日前からずっとあった。
 心配しすぎだろうか。
 具体的なことはわからなかったが、気がかりなことは多かった。

「きっと大丈夫よね」

 リディアが静かに息を吸う。
 足を踏み出す。
 王宮への道を、一歩ずつ歩いていった。



✿✿✿❀✿✿✿



 王宮の発表会場は、すでに多くの人で埋まっていた。
 貴族、医師、王宮の関係者。
 錚々たる顔ぶれが席につき、ざわめきが会場全体を包んでいる。
 新薬の発表というだけあって現場の空気には、濃密な期待が含まれていた。

「思ったより人が多いですね」

 その端の席に、目立たないように座っている2人の人物がある。
 キャサリンと、その侍女のエマだ。

「こんなものじゃないかしら? まあ、それだけ注目されているのかもしれないわね」

 エマが尋ねれば、キャサリンが会場を見渡しながら答える。
 医師たちの表情。
 貴族の身振り。
 そして壇上の近くに座っている、ヴィクターの姿。

「……」

 端整な顔立ちに、自信がめいっぱい表れている。
 今日の発表を心から楽しみにしているようだった。
 悪意のかけらもない、晴れやかな顔だ。

 ――それが一番、始末に悪いのよ……。

 キャサリンが首を振って、胸中でため息をつく。
 視線を動かし、キャサリンがリディアを探す。

 ――見つけた。

 顔を合わせたことはまだないが、ソフィアから特徴は聞いている。
 関係者席に腰を下ろしているので、間違いないだろう。
 会場のやや端で、背筋を伸ばして座っているのがリディアだ。

「……」

 緊張しているのか、あるいは覚悟を決めているのか。
 その横顔からは、どちらとも読み取れるために判別がつかない。
 確かなのは、今日の発表をリディアが楽しみにしていないという点だけだろう。

「エマ、セリーヌ嬢はいる?」
「はい。右手後方、3列目です」

 即答だった。
 キャサリンは視線をそちらに向けないまま、うなずく。

「動きに注意しておいて」
「もちろんです」

 頼もしい侍女の返事に、キャサリンはようやく口元を緩ませた。