それからの数日間、キャサリンは表向き何も変わらぬ令嬢として過ごした。
茶会に出席し、微笑み、礼儀正しく振る舞う。
少なくとも、周囲にはそう見えていたはずだった。
「お嬢様。ご依頼の件、まとまりました」
夕刻、エマが静かに報告書を差し出した。
「ありがとう」
受け取り、すぐに目を通す。
そこに並んでいたのは、予想通りの名前と動き。
――繋がっていたわね。
男爵のミレイユ令嬢。
そして、数名の中堅貴族。
さらに予想だにしていなかった名前まで見える。
「……。まさか、書記官まで抱きこんでいるとは」
思わず、キャサリンは小さく息を吐いた。
書記官は王宮文書を扱う立場の人間だ。
今回の件に即して言うならば、証拠の体裁を整える役割になる。
――手紙の完成度にも納得がいく。
「この書記官に、最近まとまった金銭の動きがあったのではなくて?」
「調べたところ、ここ1週間で借財が不自然なほど消えています」
「出所は?」
「男爵家に間違いないかと」
確定だ。
――ミレイユ嬢単独ではない。
新興の男爵家は爵位こそ低いものだが、事業の収入が並みの伯爵よりも多い。
資金も人脈も総動員してあるのだろう。
――ずいぶん大掛かりなこと。
だからこそ崩せる隙もある。
「……」
キャサリンが紙を閉じる。
すでに頭の中では、いくつかの筋道が組みあがっていた。
✿✿✿❀✿✿✿
翌日。
キャサリンは、ある人物の元を訪れていた。
「これはこれは……キャサリン嬢が直々にお越しとは」
応接室で彼女を出迎えたのは、穏やかな笑みを浮かべた青年だった。
第二王子のルシアン殿下である。
「突然の訪問、失礼いたします」
「構わないよ。それで、今日はどのようなご用件かな?」
柔らかな物腰。
だがその瞳は、油断ならない光を宿している。
――この方は侮れない。
前回の記憶でも、彼は常に一歩引いた位置から情勢を見ていた。
少なくとも、愚かな選択はしない人物だ。
「単刀直入に申し上げます」
「どうぞ」
キャサリンは一歩、前へと踏み出した。
「近く、私とジェームズ様の間で問題が起こります」
ルシアン殿下の眉がわずかに動いた。
「……ほう?」
「その際、私は不利な立場に置かれるでしょう。ですが……」
一瞬だけ言葉を区切り、まっすぐに視線を合わせた。
「すぐに形勢は逆転しますわ」
「大層な自信だね」
「事実ですので」
静かに言い切る。
駆け引きは不要だ。
ルシアン殿下には、あいまいな言葉よりも確信の方が響く。
「それで僕に何を?」
「お願いがございます」
「聞こうか」
「当日、すべてが明らかになったあとには、どうか公正な立場からご判断をしていただきたいのです」
ルシアン殿下は少しの間黙り込むと、やがてくすりと笑った。
「つまり僕は保険というわけだね」
「ええ、その通りでございます」
否定はしない。
したところで意味がない。
その方が信頼に繋がるはずだった。
「面白いね」
ルシアン殿下は椅子にもたれ、愉快そうに目を細めた。
「……」
「もしそれが本当なら、兄上を蹴落とすチャンスかもしれない。いいだろう、約束しよう」
「感謝いたしますわ」
これで最悪の事態は避けられる。
残すは証拠を揃えるだけだ。
✿✿✿❀✿✿✿
夜。
キャサリンは再び机に向かっていた。
並べられた紙には、すでにいくつもの証拠と情報が整理されている。
金の流れ。
接触記録。
改竄された文書の不自然な点。
それでも決定打が足りていない。
誰もが否定できない明確な一手があれば、完璧となる。
「ないなら……用意してしまいましょうか」
ペンを取り、新たな紙にさらさらと書き記す。
それは一通の手紙だ。
受け取る相手にとっては、決して見過ごすことのできないもの。
そして、これこそがキャサリンが仕掛ける猛毒だった。
「エマ」
「はい、お嬢様」
「これを例の書記官へ」
エマは何も尋ねない。
ただ静かに受け取り、そのまま部屋を後にする。
その背を見送りながら、キャサリンは目を細めた。
――これで向こうは動かざるを得ない。
証拠はおのずと相手が差し出してくれるはずだった。
「……ふっ」
小さな笑みがキャサリンの口元に浮かんだ。
「当日が楽しみですわね」
2人がどんな顔をするのか。
かつて自分を見下した人たちが、計画の失敗を知ったとき、いったいどんな表情を見せるのか。
その答えは、もうすぐ明らかになる。
茶会に出席し、微笑み、礼儀正しく振る舞う。
少なくとも、周囲にはそう見えていたはずだった。
「お嬢様。ご依頼の件、まとまりました」
夕刻、エマが静かに報告書を差し出した。
「ありがとう」
受け取り、すぐに目を通す。
そこに並んでいたのは、予想通りの名前と動き。
――繋がっていたわね。
男爵のミレイユ令嬢。
そして、数名の中堅貴族。
さらに予想だにしていなかった名前まで見える。
「……。まさか、書記官まで抱きこんでいるとは」
思わず、キャサリンは小さく息を吐いた。
書記官は王宮文書を扱う立場の人間だ。
今回の件に即して言うならば、証拠の体裁を整える役割になる。
――手紙の完成度にも納得がいく。
「この書記官に、最近まとまった金銭の動きがあったのではなくて?」
「調べたところ、ここ1週間で借財が不自然なほど消えています」
「出所は?」
「男爵家に間違いないかと」
確定だ。
――ミレイユ嬢単独ではない。
新興の男爵家は爵位こそ低いものだが、事業の収入が並みの伯爵よりも多い。
資金も人脈も総動員してあるのだろう。
――ずいぶん大掛かりなこと。
だからこそ崩せる隙もある。
「……」
キャサリンが紙を閉じる。
すでに頭の中では、いくつかの筋道が組みあがっていた。
✿✿✿❀✿✿✿
翌日。
キャサリンは、ある人物の元を訪れていた。
「これはこれは……キャサリン嬢が直々にお越しとは」
応接室で彼女を出迎えたのは、穏やかな笑みを浮かべた青年だった。
第二王子のルシアン殿下である。
「突然の訪問、失礼いたします」
「構わないよ。それで、今日はどのようなご用件かな?」
柔らかな物腰。
だがその瞳は、油断ならない光を宿している。
――この方は侮れない。
前回の記憶でも、彼は常に一歩引いた位置から情勢を見ていた。
少なくとも、愚かな選択はしない人物だ。
「単刀直入に申し上げます」
「どうぞ」
キャサリンは一歩、前へと踏み出した。
「近く、私とジェームズ様の間で問題が起こります」
ルシアン殿下の眉がわずかに動いた。
「……ほう?」
「その際、私は不利な立場に置かれるでしょう。ですが……」
一瞬だけ言葉を区切り、まっすぐに視線を合わせた。
「すぐに形勢は逆転しますわ」
「大層な自信だね」
「事実ですので」
静かに言い切る。
駆け引きは不要だ。
ルシアン殿下には、あいまいな言葉よりも確信の方が響く。
「それで僕に何を?」
「お願いがございます」
「聞こうか」
「当日、すべてが明らかになったあとには、どうか公正な立場からご判断をしていただきたいのです」
ルシアン殿下は少しの間黙り込むと、やがてくすりと笑った。
「つまり僕は保険というわけだね」
「ええ、その通りでございます」
否定はしない。
したところで意味がない。
その方が信頼に繋がるはずだった。
「面白いね」
ルシアン殿下は椅子にもたれ、愉快そうに目を細めた。
「……」
「もしそれが本当なら、兄上を蹴落とすチャンスかもしれない。いいだろう、約束しよう」
「感謝いたしますわ」
これで最悪の事態は避けられる。
残すは証拠を揃えるだけだ。
✿✿✿❀✿✿✿
夜。
キャサリンは再び机に向かっていた。
並べられた紙には、すでにいくつもの証拠と情報が整理されている。
金の流れ。
接触記録。
改竄された文書の不自然な点。
それでも決定打が足りていない。
誰もが否定できない明確な一手があれば、完璧となる。
「ないなら……用意してしまいましょうか」
ペンを取り、新たな紙にさらさらと書き記す。
それは一通の手紙だ。
受け取る相手にとっては、決して見過ごすことのできないもの。
そして、これこそがキャサリンが仕掛ける猛毒だった。
「エマ」
「はい、お嬢様」
「これを例の書記官へ」
エマは何も尋ねない。
ただ静かに受け取り、そのまま部屋を後にする。
その背を見送りながら、キャサリンは目を細めた。
――これで向こうは動かざるを得ない。
証拠はおのずと相手が差し出してくれるはずだった。
「……ふっ」
小さな笑みがキャサリンの口元に浮かんだ。
「当日が楽しみですわね」
2人がどんな顔をするのか。
かつて自分を見下した人たちが、計画の失敗を知ったとき、いったいどんな表情を見せるのか。
その答えは、もうすぐ明らかになる。

