タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

※この幕間は恋愛よりも、ファンタジーの色が強くなっちゃったので、読み飛ばして全然OKです! 4話でお会いしましょう!※





 自分から婚約を破棄してから、一週間が経った。
 ソフィア・ホーウッドは今日も研究室にいた。
 朝に来て、夜に帰る。
 食事は取っている。
 睡眠も、おそらく取れている。
 祖父のアルバートに聞かれれば、そう答えることができた。

「……」

 ペンを走らせる。
 採取地の異なる三種の月草を、それぞれ異なる温度条件下に置いたときの魔力活性値の変化。
 数字は正直だ。
 感情を挟まない。
 だから、今のソフィアには心地がよかった。
 考えなくていい。
 ペンだけを動かしていればいい。
 そうしていれば、余計なことも思い出さずに済んだ。
 植物園の木漏れ日も。
 雨宿りをした東屋の匂いも。
 あの日、初めてだれかに打ち明けた母親の話も。

「……」

 ペンが一瞬だけ止まる。
 すぐにまた動きはじめる。
 数字に戻る。
 トントン。……トントントン。
 気がつけば、研究室のドアが何度もノックされていた。

「どうぞ」

 来客の予定はない。
 アルバートはあまりノックをしない。
 訝しみながら顔を上げれば、そこに見知らぬ少女が立っていた。
 年の頃は16か17だろうか。
 くせのある栗色の髪を無造作にまとめた少女は、見習い研究員を意味する紺色の上着を着ていた。
 その上着は、サイズが合っていない。
 大きすぎだった。

「ホーウッド先輩ですか?」

 先輩、という呼ばれ方に、ソフィアは少し面食らった。

「……そうですが。あなたは?」
「レナといいます。先月から見習い研究員として雇われました」
「ああ、飛び級で入ってきた方ね」

 噂は聞いていた。
 平民出身の16歳。
 院内では、好悪含めて様々な声があるらしい。

「何かご用?」
「研究を教えてほしいんです」

 直球だった。
 前置きも何もない。

「……。私に?」
「はい。ホーウッド先輩の論文を読みました。月草の魔力活性と採取時期の関係を調べているやつです」

 レナの言葉遣いに、ソフィアは眉をわずかに動かした。

「読んだんですね……」
「はい、全部読みました。面白かったです」

 悪びれない。
 その態度に悪びれた様子全くない。

「今は少し、忙しいです」
「そうですか、それならいつが空いてますか?」

 返答に詰まった。
 断りたい。
 今は他人と関わる気力がないのだ。
 ただでさえ、研究に逃げ込んでいるのが精一杯だというのに。

「理由を聞いてもいいですか。なぜ私でないといけないのか」
「先輩の研究が一番、自分のやっていることと近いからです」

 レナは続ける。

「自分は植物から採れる素材の魔力活性を調べています。父が薬草商なので、素材のことは少しわかります。でも魔力の挙動を記録する方法がよくわからなくて。先輩はそれが上手いみたいなので」

「……。その研究が何のためになるのか、わかっていますか?」

 思わず、ソフィアは問い返していた。
 見習いに研究の意義を説くつもりはなかった。
 ただ、純粋に気になった。

「魔法陣とか術式を研究している人たちがいるじゃないですか」

 レナが答える。

「クラちゃ……クラリス先輩みたいな人たちです。あの人は術式の構造を調べていますよね? どの記号をどう組み合わせれば何が起きるのか、そこを理論に落とし込もうとしている。でも、同じ術式でも使う素材によって結果が変わることがあります。それがなぜかを調べれば、術式研究の役にも立つんじゃないですかね」

 ソフィアは少し黙った。
 さすがに飛び級だけあって明晰だ。
 地味だと言われ続けてきたソフィアの研究分野。
 派手な成果が出にくいものだと、ソフィア自身もわかっていた。
 それでも続けてきたのは、この研究がいつか誰かの土台になると信じていたからだ。

「……。わかりました」

 ため息をつくように、ソフィアが言う。

「週に2回、昼過ぎなら時間が取れます。来ますか?」
「はい!」

 レナの顔が、ぱっと明るくなった。
 その笑顔が少しだけ、ソフィアにはなんだか眩しかった。