タイムリープするお嬢様――二度目の婚約破棄はもう遅い。あなたが破滅する始まりです

 ソフィア・ホーウッドは、祖父のアルバートにそっくりだった。
 穏やかな目元。
 人当たりのよい笑顔。
 だれに対しても真っ直ぐに向き合う、飾り気のない雰囲気。
 もっとも、白髪の老研究者と二十歳の娘では、与える印象はまるで違ったのだが。

「キャサリン嬢とお会いできて光栄です。おじいさまからよくお名前を伺っておりました」
「まあ、そうでしたの?」
「ええ。クラリス嬢の件で大変お世話になったと……それはもう、うれしそうに話すものですから」

 くすくすと笑うソフィアの隣で、アルバートが照れたように咳払いをした。

「そういうことは黙っておくものだよ、ソフィア」
「だって本当のことなんですもの」

 悪びれない孫娘に、老研究者は苦い顔をしながらも目を細めている。
 その様子を眺めながら、キャサリンは静かに紅茶を口に運んだ。

 ――本当に、大切にされているのね。

 そしてソフィア自身も、その愛情を疑うことなく受け取っている。
 だからこそ、祖父の心配を笑い飛ばしてしまえるのだろう。

「ソフィア嬢」

 キャサリンが静かに呼びかけた。

「……?」
「婚約者の子爵とは、どのように知り合われたのですか?」

 ソフィアの顔が、ふわりと明るくなった。

「昨年の春のお茶会で。向こうから声をかけてくださったんです。最初はびっくりしてしまって……だって、お名前はよく存じ上げていましたから」

「社交界では名の通った方ですものね」
「ええ。なのにどうして私にと思ったんですけれど」

 ソフィアが少しだけ恥ずかしそうにつづけた。

「研究が好きだと話したら、それがいいんだと言ってくれて……。変わっていると笑われることが多かったので、素直にうれしかったんです」

「そうでしたの」

 キャサリンは微笑みながら、内心で静かに息を吐いた。

 ――そこから入ったのね。

 研究好きの娘が、自分の個性を肯定してもらえた瞬間に感じる喜び。
 それがどれほど効果的な入り口か、ドリアンはよく知っていたのだろう。

「最近は、どのようなお時間を過ごされていますの?」
「婚約の準備もありますし……でも、できるだけ会うようにはしています。ドリアン様はお忙しい方なので、なかなか難しいこともあるのですけれど」

「忙しい方なのですね」

「ええ。急に予定が変わることも多くて……でも、それだけ多くの方に必要とされているということですし……」

 ソフィアが、少しだけ間を置いてから続けた。

「……。たまに、寂しいと思うこともありますけれどね」

 さらりと言って、すぐに笑顔で取り繕う。
 その一瞬のかげりを、キャサリンは見逃さなかった。

 ――気がついている?

 はっきりとした形ではないにしても、どこかおかしいという感覚が、ソフィアの中にも確実にある。
 ただそれを、自分の勘違いだと打ち消してしまっているのだ。
 キャサリンが、カップをそっとソーサーに戻した。

「ソフィア嬢。一つだけ、お聞きしてもよろしいですか」
「はい」
「ドリアン様は、あなたのどんなところが好きだと言ってくれていますか?」

 ソフィアが、少し考えた。

「研究熱心なところと……あとは明るいところでしょうか」
「それはいつ頃、言ってくださいましたの?」
「最初の頃は、よく言ってくれていましたよ。最近も……」

 言いかけて、ソフィアが止まった。
 自分の言葉に、自分で気がついてしまったのだろう。

「最近は……あまり言ってくれていないかもしれませんが……」

 小さな声だった。
 キャサリンは何も言わなかった。
 指摘もしない。
 ただ、静かに聞いていた。
 しばらくして、ソフィアが顔を上げた。

「でも、忙しいだけですから」

 確認するような、すがるような一言だった。
 キャサリンはそれに答えない。
 代わりに、穏やかに微笑んだ。

「ソフィア嬢。少し試してみませんか」
「試す?」
「あなたが本当に大切にされているかどうかを、ご自身の目で確かめるのです。婚約をした相手なのですから、このくらいはおふざけの延長ですわ」

 ソフィアの表情が揺れる。
 不安と、どこかほっとしたような、複雑な色が混じっている。
 キャサリンがあえて同意しやすい言い方をしたからこそ、抵抗感が少なかったのだろう。

「……。それはどのように?」
「簡単なことですわ」

 キャサリンが静かに続けた。

「ただ少しだけ、正直になっていただければいいのです」

 窓の外で、風が木の葉を揺らした。
 ソフィアが、ゆっくりとうなずいていた。