「……。説明できないのですか?」
静かな一言が会場に落ちる。
ざわめきがぴたりと止まった。
今や、すべての視線が壇上のエミリアへと集まっている。
「そ、それは……」
言葉がつづかない。
唇が震え、視線が泳ぐ。
「理論上、完全に制御可能だと仰いましたな」
白髪の研究者はなおも言葉を止めない。
「その根拠を示していただきたい」
「……っ」
追い詰められていく。
少しずつ、だが確実に、エミリアの退路が絶たれていった。
「まさか……理解せずに発表されたなんてこと、ありますまいな?」
決定的な一言が放たれてしまう。
会場中の疑念は、確信へと変わっていた。
「違いますわ!」
とっさにエミリアが叫ぶ。
しかしもう、彼女の言葉には力がない。
だれもが気づきはじめてしまっていた――エミリアの発表はおかしい、と。
その動揺を一撃でクラリスが静める。
「僭越ながら、その理論については私が補足いたしましょう」
一歩また一歩。
クラリスが壇に近づいていく。
今までエミリアを値踏みするように向けられていた視線が、今度は期待するようにクラリスへと向けられた。
「クラリス……?」
ケヴィンが呆然とつぶやいた。
その顔には、明らかな焦りの色が浮かんでいた。
元婚約者の顔を一瞥したクラリスだが、すぐに興味を失ったように目をそらす。
「……。あなたが説明されるのですかな?」
研究者の1人がクラリスに問い返す。
うなずき、クラリスが薄く笑った。
「ええ、だってその理論は、もともと、私のものなんですから」
空気が凍りついた。
おしゃかになった状態で自分のものだと言い張るマヌケはいない。
理解したのだ。
みな、その可能性に気がついてしまった。
クラリスが真の研究者であり、エミリアはそれを横取りしただけかもしれないということに、思い至ってしまっている。
「な……にを言って……」
エミリアの顔が歪む。
「証拠ならありますよ」
遮るようにクラリスが言いきる。
そして合図とともに控えていた人物が前に出た。
それは先ほどエミリアに疑問を呈した、白髪の研究者にほかならなかった。
手に持っているのは、分厚い資料。クラリスがエミリアに奪われる前に急いで書き上げた、本物の研究成果だった。
「ワシは事前にクラリス嬢より、こちらのデータを預かっていた。これが改竄されていないことは、ワシが保証しよう」
当然、そこには誤っていない理論が記載されている。
自分で理論を生み出したわけではないエミリアでは、到底導き出せないものだった。
「自分のデータだと言うならば、エミリア嬢はワシの質問に答えなければならなかった。一方、クラリス嬢のほうには試行錯誤の記録まで書かれてある。これこそ、クラリス嬢が本物の研究者である何よりの証しだろう」
「そ、そんな……!」
エミリアの顔色は見るみる青ざめていった。
そんなエミリアをクラリスは、まっすぐに見つめる。
「研究者であれば当然に承知していただいていることと思いますが、今回発表された内容には、意図的に欠陥が含まれております」
クラリスの言葉に耳を澄ますため、会場はしーんと静まり返っている。今ならば、息を飲む音さえも聞こえて来そうだ。
「先ほど指摘された、特定条件下で魔力が逆流する構造は、本来、安全性の観点から排除されるべきものです」
「な……」
「ですが、私はあえて残しました」
期待に空気が大きく揺れる。
「なぜなら、それをそのまま使う者がいると、わかっていたからです」
視線が一斉にエミリアへと向く。
「……違う……。私は……」
かすれた声。
「説明してくださいませ、エミリア様。その理論を、どのように構築されたのか」
容赦なくクラリスが問いかける。
実の妹に対する様づけは、姉妹の縁を切る宣言にほかならない。
「……っ。……」
ついにエミリアの口から言葉は出なかった。
出るはずがなかった。
それは彼女のものではないのだから。
「……どういうことだ」
低い声が響く。
歩み寄ったケヴィンが、エミリアを激しく睨みつけていた。
「これはお前の研究ではなかったのか!?」
怒声。
すがるように見つめるだけで、エミリアはもはやケヴィンに助けを求めることさえできない。
先ほど姉が婚約破棄されるのを見てしまっているだけに、おいそれとケヴィンに頼ることなどできなかったのだ。
完全に流れは変わっていた。
――終わりね。
キャサリンが静かに息を吐く。
もう、誰もエミリアを信じようとはしていない。
「……クラリス」
ケヴィンがどこか焦ったように、エミリアの姉を見つめた。
クラリスはそんなケヴィンを冷ややかに見つめ返す。
「どうされました?」
「これは……誤解なんだ。俺は――」
だが、クラリスは最後までの発言を許さない。
はっきりと途中で遮っていた。
もう、この男との関係は終わっているのだから。
「いいえ、何も誤解はありませんわ。あなたは私ではなく、彼女を信じた。ただ、それだけのことです」
ケヴィンの顔が凍りつく。
淡々と告げられる内容に、瞳には後悔の色が強く出始めていた。
「クラリス……違うんだ! 待ってくれ……」
「私のものであったはずの実績を奪うことに加担したあなたに、今さら私が何をすると言うのです?」
言い逃れなどさせはしない。
ケヴィンもまた、クラリス同様に言葉を失っていた。
そんな2人の姿を、クラリスはどこか他人事のように見下ろしていた。もっと喜べるかと思ったが、そんな気さえ起きなくなるほど小者だったらしい。
「……不思議ね」
誰にも聞こえないほどのボリュームで、クラリスは独り言ちる。
あれほど認めてほしかった相手なのに、今は何も感じない。
「結論は明らかですな」
白髪の研究者が、重々しく口を開いた。
「本発表には、重大な不備および盗用の疑いがある。調査の必要があるでしょう」
「場合によっては、厳しい処分も免れませんな」
次々と下される評価。
それはもう二度と覆らないだろう。
エミリアが呆然と崩れ落ちていた。
✿✿✿❀✿✿✿
その後、騒動は速やかに処理された。
当然のようにエミリアは研究院から追放。併せて、不正の調査も開始された。
「クラリス嬢」
研究院の責任者が深々と頭を下げた。
「この度は大変なご迷惑をおかけした」
「いえ。こちらこそ愚妹がとんだ騒ぎを起こしてしまって、姉として責任を感じています」
「とんでもない。研究者として恥じるべきはひとえにエミリア嬢にある。あなたが感じる責任など、みじんもないでしょう。クラリス嬢の研究については、正式に再評価を行いたい。今回、エミリア嬢が初めて盗用したとは思えませんから」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「お願いします」
「正当な形で、必ず実績に反映いたします」
「……。ありがとうございます」
ようやく。報われたのだ。
研究院をあとにしたクラリスに声をかける者があった。
「お見事でしたわ」
振り返るまでもない。
それは今回の逆転劇をプロデュースした張本人だ。
「キャサリン様」
「様なんて堅苦しいわ」
「……キャサリン嬢」
満足そうにキャサリンは微笑んでいる。
「完璧な結末でしたわね」
「すべてあなたのおかげです」
深く頭を下げた。
キャサリンが予言したとおりであり、そしてキャサリンが計画したとおりに事は運んだ。
きっと、自分の1人では何もできなかっただろう。
だが、キャサリンは首を横に振る。
「いいえ、私は少し手を貸しただけよ。選んだのは、あなたですもの」
「……。はい」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「これで、新たなスタート地点に立てましたわね」
うなずく。
もう奪われるだけの自分ではない。
これからは自分の力で進んでいける。
にっこりとうなずいたキャサリンが、立ち去っていく。
ふと思い出して、その背中に声をかけた。
「あの……」
「……?」
「なぜ、あそこまでわかっていらしたのですか?」
まるで未来を見通していたかのような采配だ。
とてもではないが、並みの人間にできるとは思えなかった。
クラリスの問いに、キャサリンは少しだけ目を細めて答えた。
「簡単なことですわ。一度、見ておりますもの」
「……え?」
クラリスが聞き返せば、キャサリンは朗らかに笑った。
「冗談ですわ。たまたまです」
「……はあ」
優雅に一礼し、キャサリンが再び踵を返す。
「またご縁がありましたら!」
堂々たる背中にクラリスが慌てて言葉を投げていた。
馬車に乗ったキャサリンが、窓の外に視線を向ける。
「……ふふ」
――さてと、次はどうしましょうかね。
王都は広い。
そのどこかで、いまだ女性が理不尽に傷つけられているのだろう。
「目にものを見せてあげましょう」
ぽつりとキャサリンがつぶやく。
その声音には、わずかな愉悦と、ほんの少しの優しさが滲んでいた。
時を巻き戻す令嬢は、今日もまた正しい結末を選び取っていく。
静かな一言が会場に落ちる。
ざわめきがぴたりと止まった。
今や、すべての視線が壇上のエミリアへと集まっている。
「そ、それは……」
言葉がつづかない。
唇が震え、視線が泳ぐ。
「理論上、完全に制御可能だと仰いましたな」
白髪の研究者はなおも言葉を止めない。
「その根拠を示していただきたい」
「……っ」
追い詰められていく。
少しずつ、だが確実に、エミリアの退路が絶たれていった。
「まさか……理解せずに発表されたなんてこと、ありますまいな?」
決定的な一言が放たれてしまう。
会場中の疑念は、確信へと変わっていた。
「違いますわ!」
とっさにエミリアが叫ぶ。
しかしもう、彼女の言葉には力がない。
だれもが気づきはじめてしまっていた――エミリアの発表はおかしい、と。
その動揺を一撃でクラリスが静める。
「僭越ながら、その理論については私が補足いたしましょう」
一歩また一歩。
クラリスが壇に近づいていく。
今までエミリアを値踏みするように向けられていた視線が、今度は期待するようにクラリスへと向けられた。
「クラリス……?」
ケヴィンが呆然とつぶやいた。
その顔には、明らかな焦りの色が浮かんでいた。
元婚約者の顔を一瞥したクラリスだが、すぐに興味を失ったように目をそらす。
「……。あなたが説明されるのですかな?」
研究者の1人がクラリスに問い返す。
うなずき、クラリスが薄く笑った。
「ええ、だってその理論は、もともと、私のものなんですから」
空気が凍りついた。
おしゃかになった状態で自分のものだと言い張るマヌケはいない。
理解したのだ。
みな、その可能性に気がついてしまった。
クラリスが真の研究者であり、エミリアはそれを横取りしただけかもしれないということに、思い至ってしまっている。
「な……にを言って……」
エミリアの顔が歪む。
「証拠ならありますよ」
遮るようにクラリスが言いきる。
そして合図とともに控えていた人物が前に出た。
それは先ほどエミリアに疑問を呈した、白髪の研究者にほかならなかった。
手に持っているのは、分厚い資料。クラリスがエミリアに奪われる前に急いで書き上げた、本物の研究成果だった。
「ワシは事前にクラリス嬢より、こちらのデータを預かっていた。これが改竄されていないことは、ワシが保証しよう」
当然、そこには誤っていない理論が記載されている。
自分で理論を生み出したわけではないエミリアでは、到底導き出せないものだった。
「自分のデータだと言うならば、エミリア嬢はワシの質問に答えなければならなかった。一方、クラリス嬢のほうには試行錯誤の記録まで書かれてある。これこそ、クラリス嬢が本物の研究者である何よりの証しだろう」
「そ、そんな……!」
エミリアの顔色は見るみる青ざめていった。
そんなエミリアをクラリスは、まっすぐに見つめる。
「研究者であれば当然に承知していただいていることと思いますが、今回発表された内容には、意図的に欠陥が含まれております」
クラリスの言葉に耳を澄ますため、会場はしーんと静まり返っている。今ならば、息を飲む音さえも聞こえて来そうだ。
「先ほど指摘された、特定条件下で魔力が逆流する構造は、本来、安全性の観点から排除されるべきものです」
「な……」
「ですが、私はあえて残しました」
期待に空気が大きく揺れる。
「なぜなら、それをそのまま使う者がいると、わかっていたからです」
視線が一斉にエミリアへと向く。
「……違う……。私は……」
かすれた声。
「説明してくださいませ、エミリア様。その理論を、どのように構築されたのか」
容赦なくクラリスが問いかける。
実の妹に対する様づけは、姉妹の縁を切る宣言にほかならない。
「……っ。……」
ついにエミリアの口から言葉は出なかった。
出るはずがなかった。
それは彼女のものではないのだから。
「……どういうことだ」
低い声が響く。
歩み寄ったケヴィンが、エミリアを激しく睨みつけていた。
「これはお前の研究ではなかったのか!?」
怒声。
すがるように見つめるだけで、エミリアはもはやケヴィンに助けを求めることさえできない。
先ほど姉が婚約破棄されるのを見てしまっているだけに、おいそれとケヴィンに頼ることなどできなかったのだ。
完全に流れは変わっていた。
――終わりね。
キャサリンが静かに息を吐く。
もう、誰もエミリアを信じようとはしていない。
「……クラリス」
ケヴィンがどこか焦ったように、エミリアの姉を見つめた。
クラリスはそんなケヴィンを冷ややかに見つめ返す。
「どうされました?」
「これは……誤解なんだ。俺は――」
だが、クラリスは最後までの発言を許さない。
はっきりと途中で遮っていた。
もう、この男との関係は終わっているのだから。
「いいえ、何も誤解はありませんわ。あなたは私ではなく、彼女を信じた。ただ、それだけのことです」
ケヴィンの顔が凍りつく。
淡々と告げられる内容に、瞳には後悔の色が強く出始めていた。
「クラリス……違うんだ! 待ってくれ……」
「私のものであったはずの実績を奪うことに加担したあなたに、今さら私が何をすると言うのです?」
言い逃れなどさせはしない。
ケヴィンもまた、クラリス同様に言葉を失っていた。
そんな2人の姿を、クラリスはどこか他人事のように見下ろしていた。もっと喜べるかと思ったが、そんな気さえ起きなくなるほど小者だったらしい。
「……不思議ね」
誰にも聞こえないほどのボリュームで、クラリスは独り言ちる。
あれほど認めてほしかった相手なのに、今は何も感じない。
「結論は明らかですな」
白髪の研究者が、重々しく口を開いた。
「本発表には、重大な不備および盗用の疑いがある。調査の必要があるでしょう」
「場合によっては、厳しい処分も免れませんな」
次々と下される評価。
それはもう二度と覆らないだろう。
エミリアが呆然と崩れ落ちていた。
✿✿✿❀✿✿✿
その後、騒動は速やかに処理された。
当然のようにエミリアは研究院から追放。併せて、不正の調査も開始された。
「クラリス嬢」
研究院の責任者が深々と頭を下げた。
「この度は大変なご迷惑をおかけした」
「いえ。こちらこそ愚妹がとんだ騒ぎを起こしてしまって、姉として責任を感じています」
「とんでもない。研究者として恥じるべきはひとえにエミリア嬢にある。あなたが感じる責任など、みじんもないでしょう。クラリス嬢の研究については、正式に再評価を行いたい。今回、エミリア嬢が初めて盗用したとは思えませんから」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「お願いします」
「正当な形で、必ず実績に反映いたします」
「……。ありがとうございます」
ようやく。報われたのだ。
研究院をあとにしたクラリスに声をかける者があった。
「お見事でしたわ」
振り返るまでもない。
それは今回の逆転劇をプロデュースした張本人だ。
「キャサリン様」
「様なんて堅苦しいわ」
「……キャサリン嬢」
満足そうにキャサリンは微笑んでいる。
「完璧な結末でしたわね」
「すべてあなたのおかげです」
深く頭を下げた。
キャサリンが予言したとおりであり、そしてキャサリンが計画したとおりに事は運んだ。
きっと、自分の1人では何もできなかっただろう。
だが、キャサリンは首を横に振る。
「いいえ、私は少し手を貸しただけよ。選んだのは、あなたですもの」
「……。はい」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「これで、新たなスタート地点に立てましたわね」
うなずく。
もう奪われるだけの自分ではない。
これからは自分の力で進んでいける。
にっこりとうなずいたキャサリンが、立ち去っていく。
ふと思い出して、その背中に声をかけた。
「あの……」
「……?」
「なぜ、あそこまでわかっていらしたのですか?」
まるで未来を見通していたかのような采配だ。
とてもではないが、並みの人間にできるとは思えなかった。
クラリスの問いに、キャサリンは少しだけ目を細めて答えた。
「簡単なことですわ。一度、見ておりますもの」
「……え?」
クラリスが聞き返せば、キャサリンは朗らかに笑った。
「冗談ですわ。たまたまです」
「……はあ」
優雅に一礼し、キャサリンが再び踵を返す。
「またご縁がありましたら!」
堂々たる背中にクラリスが慌てて言葉を投げていた。
馬車に乗ったキャサリンが、窓の外に視線を向ける。
「……ふふ」
――さてと、次はどうしましょうかね。
王都は広い。
そのどこかで、いまだ女性が理不尽に傷つけられているのだろう。
「目にものを見せてあげましょう」
ぽつりとキャサリンがつぶやく。
その声音には、わずかな愉悦と、ほんの少しの優しさが滲んでいた。
時を巻き戻す令嬢は、今日もまた正しい結末を選び取っていく。

