トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

う、うわぁ……。

思わず心の中で焦る。

どうしよう。

苦手とかではない。

でも明らかに“簡単に距離を縮めるタイプ”ではなさそうだった。

その時だった。

「……一ノ瀬さん」

橘さんが静かに口を開く。

「はい?」

「東京って、やっぱりフライト乗る機会多いんですか」

突然の質問。

私は少し考えてから頷いた。

「そうですね。比較的症例数は多いと思います」

「……そうですか」

短い返事。

でも、その横顔はどこか考え込んでいるようだった。

少し間が空く。

そして。

「羨ましいです」

ぽつり。

感情の読みにくい声だった。

私は思わず橘さんを見る。

橘さんは資料へ視線を落としたまま続けた。

「私、ずっとフライト乗りたかったんです」

「……はい」

「でも全然許可降りなくて」

その言葉に、少しだけ空気が変わる。

「ICUも救急もやってきたし」

「資格も取ったし」

「症例も積みました」

淡々としている。

でも。

積み重ねてきたものへの自負が、その声から伝わってきた。

「なのに、“お前はチーム向いてない”って」

「“性格キツいから現場荒れる”って」

そこで初めて、少しだけ自嘲するように笑う。

「まぁ、否定はしませんけど」

私は言葉に詰まった。

橘さんは多分、人一倍努力してきた人だ。

だからこそ。

簡単に笑って流せない。

簡単に人へ甘えられない。

そんな感じがした。

すると橘さんが、ふいにこちらを見る。

真っ直ぐな視線。

「だから正直」

静かな声。

「最初、一ノ瀬さんのことちょっと気に入らなかったです」

ストレートすぎて、一瞬固まる。

でも橘さんは構わず続けた。

「若いし」

「綺麗だし」

「愛嬌あるし」

「周りから好かれそうなタイプだし」

そこまで言って、少しだけ目を細める。

「……運良く乗れた人なのかなって思ってました」

空気が止まる。

多分この人、本当に思ったことをそのまま言う人なんだ。

裏表がない。

だからこそ、言葉が鋭い。

私は少しだけ困ったように笑った。

「……そっか」

すると橘さんが、少しだけ眉を寄せる。

多分。反論されると思っていたんだと思う。

でも私は静かに続けた。

「そう見えるの、分かる気がします」

「え?」

今度は橘さんが少し驚いた顔をした。

「私、あんまり自分のこと話さないので」

「周りからは多分、割と順調そうに見えると思う」

実際は違う。

苦しかったことも。

泣いたことも。

悔しかったことも。

たくさんあった。

でも、それをわざわざ口にするつもりもなかった。

すると橘さんが少し黙る。

そのまま、静かに私を見る。

探るみたいな目だった。

「……でも」

橘さんがぽつりと呟く。

「映像見た時、ちょっと分からなくなりました」

「え?」

「現場の動き」

「かなり出来る人の動きだったので」

その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。

それはきっと。

橘さんなりの“認め始め”だった。

でもまだ完全には納得していない。

そんな感じ。

すると橘さんは、ふっと視線を逸らした。

「だから」

「ちゃんと見ます」

「一ノ瀬さんが、本当に実力でそこいる人なのか」

静かな声。

でもその言葉には、強い意志があった。

試されてる。

そう感じた。

でも不思議と嫌じゃなかった。

むしろ。

真正面から向き合ってくれてる気がした。

私は小さく頷く。

「うん」

「じゃあ、ちゃんと見ててください」

そう返した瞬間。

橘さんが少しだけ目を見開く。

多分、もっと困ると思っていたんだろう。

でも私は自然と笑っていた。

だって。

この人、多分すごく真面目だ。

誰よりフライトへ憧れて。

誰より悔しくて。

それでもここまで来た人。

簡単じゃないのは当然だ。

すると。

後ろから、くすっと笑う声。

「……ええなぁ」

振り返る。

いつの間にか森崎さんが壁にもたれていた。

完全に聞いていた顔。

「盗み聞きですか?」

橘さんが冷たく言う。

でも森崎さんは全然気にしていない。

「いやぁ、橘さんがこんな素直に喋るん珍しいから」

「別に素直じゃないです」

「いやめっちゃ素直ですやん」

森崎さんが笑う。

そして。

「まぁ安心してください、橘さん」

「一ノ瀬さん、“愛嬌だけ”で飛べるほどフライト甘ないんで」

その言葉だけ、少し低かった。

現場を知ってる人の声だった。

橘さんが小さく黙る。

森崎さんはそのまま私を見る。

「そのうち嫌でも分かりますよ」

「この人、現場入った時どんだけ化け物か」

「森崎さん」

「褒めてます」

楽しそうに笑う。

でも。

その言葉に、橘さんの視線が少しだけ変わった気がした。