トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

そして——ついに、旅立つ日。

朝早い時間。

まだ少し眠そうな街を、陽貴くんの車が静かに走っていた。

助手席の窓から見える景色。

何度も見てきた東京の街並み。

なのに今日は全部が少し特別に見える。

助手席と運転席の間。

そこにはずっと繋がれた手。

陽貴くんは片手でハンドルを握りながら、もう片方の手で私の手を優しく包んでくれていた。

「……眠くない?」

静かな声。

「大丈夫」

「昨日ちゃんと寝れた?」

「陽貴くんがずっと抱きしめてくれてたから」

そう言うと。

陽貴くんが少しだけ笑った。

「それはよかった」

でも。

その横顔は、どこか寂しそうだった。

私も同じだった。

あと少しで離れる。

半年間。

簡単に会える距離じゃない。

分かってるのに、実感したくなくて。

車の中には、穏やかな音楽が流れている。

でもお互い、途中からあまり喋れなくなっていた。

空港へ着く。

トランクから荷物を下ろしてくれる陽貴くんの背中を見ながら、胸がぎゅっと締めつけられる。

本当に行くんだ。

私は小さく深呼吸をした。

空港内へ入る。

人の多いロビー。

アナウンス。

スーツケースの音。

周りはいつも通りなのに、私たちだけ時間がゆっくり流れてるみたいだった。

陽貴くんが自然に私のキャリーケースを引いてくれる。

その隣を歩きながら、私はそっとネックレスへ触れた。

昨夜もらった、大切なもの。

“いつでも繋がってる”

そう言ってくれた言葉を思い出す。

すると。

『大阪行き〇〇便をご利用のお客様——』

アナウンスが響いた。

その瞬間胸がどくん、と鳴る。

陽貴くんも足を止めた。

「……時間か」

小さな声。

私は静かに頷いた。

搭乗ゲートの前。

向かい合う。

いよいよ、本当に離れる。

寂しくて。

泣きそうで。

でも陽貴くんは最後まで笑っていてくれた。

「頑張っておいで」

優しい声。

私は唇をきゅっと結ぶ。

泣きたくない。

笑顔で行きたい。

そう思っていたのに、胸がいっぱいになる。

「……うん。ちゃんと頑張ってくる」

「うん」

「いっぱい連絡する」

「毎日して」

「する」

そんなやり取りが、愛おしかった。

すると陽貴くんが、そっと私の頭を撫でる。

「紗凪なら大丈夫」

その言葉に、また胸が熱くなる。

私は少しだけ俯いたあと、ゆっくり顔を上げた。

そして。

「……行ってきます」

そう言った瞬間。

気づけば身体が動いていた。

背伸びをして。

そっと。

陽貴くんの唇へキスを落とす。

——チュッ。

ほんの一瞬。

でも。

初めて、自分からしたキスだった。

離れた瞬間。

自分でも何してるのか分からなくなる。

一気に顔が熱くなる。

「っ……」

恥ずかしい。

恥ずかしすぎる。

思わず視線を逸らしながら陽貴くんを見ると——。

「……」

固まっていた。

顔を真っ赤にして。

完全に停止している。

「陽貴くん……?」

恐る恐る呼ぶと。

数秒遅れて、陽貴くんが片手で顔を覆った。

「……やば」

低い声。

「最後の最後にやられた……」

「わ、忘れて……!」

「無理」

即答だった。

でも次の瞬間。

陽貴くんが、ふっと優しく笑う。

その笑顔が、泣きそうなくらい甘かった。

「……行ってらっしゃい」

真っ直ぐな声。

愛情がいっぱい詰まった声。

私は涙を堪えながら、小さく笑った。

「……行ってきます」

そして私は。

大切な人へ背中を押されながら、大阪へ向かって歩き出した。