トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

それからまた、忙しい日常が始まった。

朝からバタバタと動き回る日常。

気づけば一日なんてあっという間に終わっていく。

その中でも私の頭の片隅には、ずっとフライトナース育成支援プロジェクトのことがあった。

指導者。

その言葉の重みを、日に日に実感していく。

新人教育の経験はある。

後輩指導だってしてきた。

でも、“フライトナースを育てる”となると話は別だった。

現場判断。

緊急時対応。

限られた環境での処置。

精神面の支え方。

ただ知識を教えればいいわけじゃない。

——命の現場を教える。

その責任の大きさを考えるほど、不安も増えていった。

だから私は、本を買った。

教育論。
指導者向けのコミュニケーション本。
救急教育関連の資料。

今さらかもしれない。

それでも少しでも学びたかった。

少しでも、自信をつけたかった。

その日の夜勤。

休憩室で一人、資料へ目を通していると。

「お、やってんな。一ノ瀬」

低めの声が聞こえた。

顔を上げると、そこには副師長の梶原さんが立っていた。

40代半ばで、救急一筋でずっと現場を走ってきた人。

厳しいけど面倒見が良くて、後輩からの信頼も厚い。

そして、現役のフライトナース。

私は慌てて椅子から立ち上がる。

「あ、梶原さん」

「座っていいぞ別に」

そう言いながら、缶コーヒーを片手に向かいへ座った。

そして私の手元をちらっと見る。

「教育本?」

「はい……」

「大阪行くんだって?」

さすがに話が早い。

私は小さく頷いた。

「指導とか、ちゃんとできるかなって……」

「新人教育とはまた違う気がして」

そう言うと。

梶原さんが小さく笑った。

「まぁそりゃ違うな」

即答だった。

「フライトなんて特に“正解”ない場面多いし」

「現場で何考えて動くか教える方が大事だ」

その言葉に、私は自然と背筋を伸ばす。

梶原さんは缶コーヒーを開けながら続けた。

「でもな」

「一ノ瀬、お前は大丈夫だと思うぞ」

「……え?」

思わず聞き返す。

すると梶原さんが少しだけ目を細めた。

「お前、ちゃんと相手見れるから」

「それって教育する側には結構大事なんだよ」

「知識あるやつなんて山ほどいる」

「でも“相手が今何考えてるか”見れるやつは意外と少ない」

その言葉が、胸へ静かに落ちてくる。

「指導って、“教える”だけじゃねぇから」

「相手が焦ってる時に気づくとか」

「無理してる時に止めるとか」

「そういうのも含めて教育だからな」

私は黙ってその言葉を聞いていた。

梶原さんは普段あまり多くを語るタイプじゃない。

だからこそ、一言一言が重かった。

「あと」

梶原さんが少し笑う。

「完璧な指導者になろうとすんな」

「え?」

「最初から全部できるやつなんかいねぇよ」

「むしろ“自分も悩んでる”って分かってるやつの方が、いい指導者になったりする」

その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた気がした。

私は手元の本を見ながら、小さく笑う。

「……なんか、ちょっと安心しました」

「だろ?」

梶原さんが缶コーヒーを飲みながら笑う。

「まぁ困ったら連絡してこい」

「大阪行っても、お前はうちのスタッフなんだから」

その言葉が嬉しくて、胸がじんわり熱くなる。

私は小さく頭を下げた。

「……ありがとうございます」

すると梶原さんが立ち上がる。

「ま、でも一ノ瀬ならなんとかするだろ」

「そういう現場、何回も見てきたしな」

そう言い残して休憩室を出ていく背中を見送りながら、私はそっと資料を握り直した。

——頑張ろう。

不安はある。

怖さも消えない。

それでも。

応援してくれる人たちがいる。

信じてくれる人たちがいる。

だから私は、ちゃんと前を向きたかった。