向かった先は、屋上。
何度も来た場所。
事故後、森崎さんに初めて連れてきてもらった場所。
エレベーターが開く。
ふわっと風が頬を撫でた。
少し冷たい。
私はゆっくりヘリポートへ足を踏み入れる。
夕方の空。
オレンジ色へ変わり始めた景色。
そしてそこに静かに待機しているドクターヘリ。
私はその姿を見つめながら、ゆっくり歩いた。
ローターは止まっている。
でも見ているだけで胸が熱くなる。
ここで、本当に色んなことがあった。
初めて大阪でフライトに乗った日。
緊張で手が震えたこと。
育成生たちと夜遅くまでシミュレーションしたこと。
事故のこと。
“もう戻れないかもしれない”と思った時間。
全部。
全部、この場所に繋がっている。
私はヘリを見上げながら、小さく笑った。
「……ほんと、色々あったなぁ」
その時。
後ろから聞き慣れた声。
「さーなちゃん」
私はゆっくり振り返る。
そこにはコーヒーを片手に持った森崎さん。
スーツからスクラブ姿へと変わっていた。
少し疲れた顔。
でも、口元にはいつもの軽い笑み。
私は少し笑った。
「……森崎さん」
「探したで」
そう言いながら隣へ来る。
そして当たり前みたいに、私へコーヒーを差し出した。
「あったかいやつ」
「……ありがとうございます」
受け取る。
じんわり温かい。
森崎さんは私の隣へ立つと、一緒にヘリを見上げた。
しばらく静かな時間が流れる。
風の音だけが聞こえる。
でも、不思議と居心地がよかった。
やがて森崎さんがぽつりと呟く。
「終わってもたなぁ」
私は小さく頷く。
「……終わっちゃいましたね」
その声は、自分でも驚くくらい寂しそうで。
森崎さんは苦笑する。
「なんやその卒業式みたいな顔」
「だって寂しいですもん」
「まぁ分からんでもないけど」
私はヘリを見つめたまま、小さく笑った。
「最初、ほんまにどうなるかと思ったけどな」
「ですね」
「みんなバラバラやったし」
「毎日誰かしら落ち込んでましたし」
すると森崎さんが吹き出す。
「宮原さんとか最初めちゃくちゃ泣いてたよな」
「あー泣いてましたね」
「“向いてないかもしれません……”って」
「今じゃバリバリに動けてますけど」
二人で笑う。
風が吹く。
ヘリの機体へ夕陽が反射して、少し眩しい。
すると森崎さんが、ふっと真面目な顔になった。
「でも」
私は隣を見る。
森崎さんは、静かに続けた。
「紗凪ちゃん戻ってこれて、ほんまよかった」
その声は、驚くくらい優しかった。
私は少し目を伏せる。
「……いっぱい迷惑かけました」
「かけられてへん」
即答だった。
私は思わず笑ってしまう。
「まぁ寿命は縮んだかもやけど」
「すみません……」
「うそうそ」
そう言いながら笑う。
でもその目だけは少しだけ苦しそうだった。
きっとあの日のことを、森崎さんも忘れてない。
私も忘れられない。
ふと私は小さく呟く。
「……あの時」
「ほんとに、戻れないかもって思ってました」
森崎さんは何も言わず聞いている。
私はヘリを見ながら続けた。
「また飛びたいって思うのに」
「怖くて」
「でも焦って」
「橘さんの気持ちも痛いくらい分かって」
胸の奥が少しだけ苦しくなる。
すると森崎さんが、ふっと笑った。
「まぁ紗凪ちゃん、不器用やからなぁ」
「なんですかそれ」
「全部一人で抱え込むタイプ」
否定できなくて、私は黙る。
森崎さんは肩をすくめた。
「でもな」
その声に、私は顔を上げる。
「それでも戻ってきたん、ほんまに凄い」
真っ直ぐな声だった。
慰めじゃない。
ちゃんと現場を見てきた人の言葉。
私は少しだけ目頭が熱くなる。
「……森崎さんに支えてもらったからです」
その瞬間。
森崎さんが少し固まる。
私は慌てて笑う。
「ほんとに」
「森崎さんいなかったら、多分ここまで戻れてないです」
事故後。
毎日病室へ来てくれたこと。
ヘリポートへ連れて行ってくれたこと。
怖いって言えたこと。
全部思い出す。
森崎さんは少し困ったみたいに笑った。
「……ずるいこと言いますねぇ」
「え?」
「それ今言われたら、心の奥にしまってる紗凪ちゃんへの気持ちがひょっこり顔出してくるわ」
なんて冗談っぽく言う森崎さん。
私は思わず吹き出した。
そして少しだけ目を細めながら言った。
「まぁでも」
「紗凪ちゃんが笑って飛んでる姿、また見れてよかった」
その言葉に胸が熱くなる。
風が吹く。
夕陽が少しずつ沈んでいく。
私はヘリを見ながら、静かに思った。
——この場所に来れて、本当によかった。
何度も来た場所。
事故後、森崎さんに初めて連れてきてもらった場所。
エレベーターが開く。
ふわっと風が頬を撫でた。
少し冷たい。
私はゆっくりヘリポートへ足を踏み入れる。
夕方の空。
オレンジ色へ変わり始めた景色。
そしてそこに静かに待機しているドクターヘリ。
私はその姿を見つめながら、ゆっくり歩いた。
ローターは止まっている。
でも見ているだけで胸が熱くなる。
ここで、本当に色んなことがあった。
初めて大阪でフライトに乗った日。
緊張で手が震えたこと。
育成生たちと夜遅くまでシミュレーションしたこと。
事故のこと。
“もう戻れないかもしれない”と思った時間。
全部。
全部、この場所に繋がっている。
私はヘリを見上げながら、小さく笑った。
「……ほんと、色々あったなぁ」
その時。
後ろから聞き慣れた声。
「さーなちゃん」
私はゆっくり振り返る。
そこにはコーヒーを片手に持った森崎さん。
スーツからスクラブ姿へと変わっていた。
少し疲れた顔。
でも、口元にはいつもの軽い笑み。
私は少し笑った。
「……森崎さん」
「探したで」
そう言いながら隣へ来る。
そして当たり前みたいに、私へコーヒーを差し出した。
「あったかいやつ」
「……ありがとうございます」
受け取る。
じんわり温かい。
森崎さんは私の隣へ立つと、一緒にヘリを見上げた。
しばらく静かな時間が流れる。
風の音だけが聞こえる。
でも、不思議と居心地がよかった。
やがて森崎さんがぽつりと呟く。
「終わってもたなぁ」
私は小さく頷く。
「……終わっちゃいましたね」
その声は、自分でも驚くくらい寂しそうで。
森崎さんは苦笑する。
「なんやその卒業式みたいな顔」
「だって寂しいですもん」
「まぁ分からんでもないけど」
私はヘリを見つめたまま、小さく笑った。
「最初、ほんまにどうなるかと思ったけどな」
「ですね」
「みんなバラバラやったし」
「毎日誰かしら落ち込んでましたし」
すると森崎さんが吹き出す。
「宮原さんとか最初めちゃくちゃ泣いてたよな」
「あー泣いてましたね」
「“向いてないかもしれません……”って」
「今じゃバリバリに動けてますけど」
二人で笑う。
風が吹く。
ヘリの機体へ夕陽が反射して、少し眩しい。
すると森崎さんが、ふっと真面目な顔になった。
「でも」
私は隣を見る。
森崎さんは、静かに続けた。
「紗凪ちゃん戻ってこれて、ほんまよかった」
その声は、驚くくらい優しかった。
私は少し目を伏せる。
「……いっぱい迷惑かけました」
「かけられてへん」
即答だった。
私は思わず笑ってしまう。
「まぁ寿命は縮んだかもやけど」
「すみません……」
「うそうそ」
そう言いながら笑う。
でもその目だけは少しだけ苦しそうだった。
きっとあの日のことを、森崎さんも忘れてない。
私も忘れられない。
ふと私は小さく呟く。
「……あの時」
「ほんとに、戻れないかもって思ってました」
森崎さんは何も言わず聞いている。
私はヘリを見ながら続けた。
「また飛びたいって思うのに」
「怖くて」
「でも焦って」
「橘さんの気持ちも痛いくらい分かって」
胸の奥が少しだけ苦しくなる。
すると森崎さんが、ふっと笑った。
「まぁ紗凪ちゃん、不器用やからなぁ」
「なんですかそれ」
「全部一人で抱え込むタイプ」
否定できなくて、私は黙る。
森崎さんは肩をすくめた。
「でもな」
その声に、私は顔を上げる。
「それでも戻ってきたん、ほんまに凄い」
真っ直ぐな声だった。
慰めじゃない。
ちゃんと現場を見てきた人の言葉。
私は少しだけ目頭が熱くなる。
「……森崎さんに支えてもらったからです」
その瞬間。
森崎さんが少し固まる。
私は慌てて笑う。
「ほんとに」
「森崎さんいなかったら、多分ここまで戻れてないです」
事故後。
毎日病室へ来てくれたこと。
ヘリポートへ連れて行ってくれたこと。
怖いって言えたこと。
全部思い出す。
森崎さんは少し困ったみたいに笑った。
「……ずるいこと言いますねぇ」
「え?」
「それ今言われたら、心の奥にしまってる紗凪ちゃんへの気持ちがひょっこり顔出してくるわ」
なんて冗談っぽく言う森崎さん。
私は思わず吹き出した。
そして少しだけ目を細めながら言った。
「まぁでも」
「紗凪ちゃんが笑って飛んでる姿、また見れてよかった」
その言葉に胸が熱くなる。
風が吹く。
夕陽が少しずつ沈んでいく。
私はヘリを見ながら、静かに思った。
——この場所に来れて、本当によかった。

