朝カンファレンスが終わって、しばらくした頃だった。
ICUは比較的落ち着いていた。
救急搬送もひと段落していて。
スタッフたちも、それぞれ記録や処置へ戻っている。
でもどこか空気が張っていた。
理由は、みんな分かってる。
今日橘さんが、事故以来初めてヘリへ乗るから。
私はナースステーションで記録を確認しながら、ちらりと橘さんを見る。
橘さんは物品チェックをしていた。
手順は完璧。
動きも問題ない。
でも指先だけ、少し震えていた。
その時。
——ピリリリッ。
ICUに、PHSのコール音が響く。
空気が変わる。
『ドクターヘリ要請』
アナウンス。
一瞬でICUの空気が張り詰めた。
『高速道路上、多重事故』
『乗用車横転、重症外傷疑い』
『現場医師要請あり』
その瞬間。
西国先生が立ち上がる。
「行くぞ」
短い声。
私は反射的に動いた。
身体が、自然に反応する。
事故前と同じように。
フライトバッグを持つ。
隣では森崎さんも出動準備。
そして。
橘さん。
橘さんは、一歩だけ遅れて立ち上がる。
顔色は悪い。
呼吸も浅い。
でも逃げなかった。
私はそんな橘さんの横へ立つ。
「橘さん」
呼ぶと、ゆっくりこちらを見る。
私は小さく笑った。
「一緒に行こう」
その瞬間。
橘さんの目が少し揺れる。
数秒。
それから。
小さく頷いた。
「……はい」
掠れながらも、ちゃんと前を向いた声だった。
ヘリポートへ向かうエレベーター。
狭い箱の中。
誰も無駄なことは喋らない。
上昇する感覚。
心拍だけがやけに大きく聞こえる。
ふと隣を見る。
橘さんは、ぎゅっと拳を握っていた。
私はそっと、自分の手を重ねる。
橘さんがびくっと肩を揺らす。
「大丈夫」
小さく言う。
「怖くてもいいから」
「今日は、“乗る”だけでも前進だから」
橘さんの目が、少し潤んだ。
でも今度はちゃんと、頷いた。
エレベーターが開く。
風が吹き込む。
屋上。
ヘリローターの音。
強い風圧。
——事故の日と同じ景色。
橘さんの呼吸が、一瞬止まりそうになるのが分かった。
でもその時。
「橘」
西国先生が振り返る。
「来い」
たった一言。
でも。その声は、不思議なくらい落ち着いていた。
森崎さんも、ヘッドセットをつけながら笑う。
「大丈夫や」
「今日は俺もおる」
私は橘さんを見る。
橘さんは、唇を噛んで。
それから。
震える脚で、一歩前へ出た。
ローター音が響く。
風が吹く。
でも。
今度は。
ちゃんと、自分の意思でヘリへ向かっていた。
ICUは比較的落ち着いていた。
救急搬送もひと段落していて。
スタッフたちも、それぞれ記録や処置へ戻っている。
でもどこか空気が張っていた。
理由は、みんな分かってる。
今日橘さんが、事故以来初めてヘリへ乗るから。
私はナースステーションで記録を確認しながら、ちらりと橘さんを見る。
橘さんは物品チェックをしていた。
手順は完璧。
動きも問題ない。
でも指先だけ、少し震えていた。
その時。
——ピリリリッ。
ICUに、PHSのコール音が響く。
空気が変わる。
『ドクターヘリ要請』
アナウンス。
一瞬でICUの空気が張り詰めた。
『高速道路上、多重事故』
『乗用車横転、重症外傷疑い』
『現場医師要請あり』
その瞬間。
西国先生が立ち上がる。
「行くぞ」
短い声。
私は反射的に動いた。
身体が、自然に反応する。
事故前と同じように。
フライトバッグを持つ。
隣では森崎さんも出動準備。
そして。
橘さん。
橘さんは、一歩だけ遅れて立ち上がる。
顔色は悪い。
呼吸も浅い。
でも逃げなかった。
私はそんな橘さんの横へ立つ。
「橘さん」
呼ぶと、ゆっくりこちらを見る。
私は小さく笑った。
「一緒に行こう」
その瞬間。
橘さんの目が少し揺れる。
数秒。
それから。
小さく頷いた。
「……はい」
掠れながらも、ちゃんと前を向いた声だった。
ヘリポートへ向かうエレベーター。
狭い箱の中。
誰も無駄なことは喋らない。
上昇する感覚。
心拍だけがやけに大きく聞こえる。
ふと隣を見る。
橘さんは、ぎゅっと拳を握っていた。
私はそっと、自分の手を重ねる。
橘さんがびくっと肩を揺らす。
「大丈夫」
小さく言う。
「怖くてもいいから」
「今日は、“乗る”だけでも前進だから」
橘さんの目が、少し潤んだ。
でも今度はちゃんと、頷いた。
エレベーターが開く。
風が吹き込む。
屋上。
ヘリローターの音。
強い風圧。
——事故の日と同じ景色。
橘さんの呼吸が、一瞬止まりそうになるのが分かった。
でもその時。
「橘」
西国先生が振り返る。
「来い」
たった一言。
でも。その声は、不思議なくらい落ち着いていた。
森崎さんも、ヘッドセットをつけながら笑う。
「大丈夫や」
「今日は俺もおる」
私は橘さんを見る。
橘さんは、唇を噛んで。
それから。
震える脚で、一歩前へ出た。
ローター音が響く。
風が吹く。
でも。
今度は。
ちゃんと、自分の意思でヘリへ向かっていた。

