トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

気づけば。

育成支援プロジェクトも、残り1ヶ月を切っていた。

時間が経つのは本当に早い。

事故で止まっていた時間まで含めると、なおさらそう感じる。

朝からシミュレーション。

症例検討。

現場同行。

毎日慌ただしく過ぎていく中で育成生たちは、目に見えて成長していた。

最初は緊張で固まっていた子たちも。

今ではフライト前の準備も自然に動けるようになっていて。

現場でも、自分から声を出せるようになっている。

「バイタル再評価します!」

「ルート確保準備できてます!」

そんな声を聞くたび。

胸の奥が、少し熱くなった。

神波さんも斉賀さんも、尊敬するほどいい指導者だと思う。

森崎さんは相変わらず。

「はいはいー、そこで固まらん!」

「ヘリん中で酸欠みたいな顔せんといてー」

なんて言いながら、空気を回している。

でも。

誰より細かく現場を見ていて。

誰より早く異変に気づく。

やっぱりすごい人だなって、改めて思わされることばかりだった。


そして。


問題は、橘さん。

毎日きちんと出勤してヘリシミュレーションは完璧。

動きも知識も、申し分ない。

西国先生ですら、

「もう現場復帰しても問題ないレベル」

そう言うくらい。

でも実際に“乗る”となると、身体が止まってしまう。

ローター音。

機体の振動。

ヘッドセット。

全部が、事故の日を思い出させるんだと思う。

その日の夕方。

講義が終わったあと。

私は休憩スペースで、一人資料を見ている橘さんを見つけた。

「橘さん」

声をかけると、少し驚いた顔でこちらを見る。

「……一ノ瀬さん」

私は隣へ腰掛けた。

橘さんは少し気まずそうに視線を落とす。

私は少し笑った。

「そんな顔しないで」

「……してました?」

「うん」

そう言うと。

橘さんが小さく苦笑する。

少しだけ沈黙。

遠くでスタッフたちの笑い声が聞こえる。

私は静かに口を開いた。

「……怖い?」

その瞬間。

橘さんの肩が、小さく震えた。

やっぱり、そうだ。

橘さんはしばらく黙ったあと。

小さく頷く。

「……はい」

掠れた声。

「ヘリの音聞くだけで、心臓苦しくなって」

「乗ろうとすると、息できなくなるんです」

私は静かに聞いていた。

橘さんは続ける。

「情けないですよね」

「みんな普通に乗れてるのに」

「私だけ……」

その声が、少し震える。

私はゆっくり首を横に振った。

「情けなくないよ」

橘さんが目を上げる。

私は少しだけ笑った。

「だって、橘さんちゃんと戻ろうとしてるから」

逃げたいならプロジェクトにだって来なくなる。

でも橘さんは違う。

怖いのに。毎日ちゃんと来てる。

何度も挑戦してる。

それだけで、十分すごい。

私は静かに続けた。

「わたしも最初、ヘリの音聞いた瞬間泣きそうになったよ」

「……え」

「身体固まったし、息も苦しかった」

あの日のことを思い出す。

復帰初日。

現場で、自分の身体が思うように動かなかった瞬間。

あの悔しさ。

怖さ。

私は苦笑する。

「今でも、たまに怖い」

橘さんが驚いた顔をする。

たぶん。

私が“怖い”って言うと思ってなかったんだと思う。

私はゆっくり橘さんを見る。

「でもね」

「怖くても、戻りたいって思った」

「橘さんも、そうじゃない?」

その言葉に。

橘さんの目が、じわっと潤む。

唇を噛んで。

少ししてから、小さく頷いた。

「……戻りたいです」

震える声。

「また、飛びたい」

その言葉を聞いた瞬間。

私は、ほっとした。

まだ大丈夫だって思えたから。

私は少し笑う。

「じゃあ、もう半分戻ってる」

「……え?」

「本当に戻れなくなる人って、“戻りたい”すら思えなくなるから」

橘さんが、ゆっくり目を見開く。

私は立ち上がりながら言った。

「焦らなくていいよ」

「乗れる時、絶対来るから」

その時。

後ろから聞き慣れた声。

「ええ話してるとこ悪いけどー」

振り返る。

そこには、缶コーヒーを持った森崎さん。

「帰るでー」

いつもの調子。

でも。

その目は、どこか優しかった。