トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

病院へ戻った頃には、外はすっかり夕方になっていた。

ヘリポートからICU降りる廊下。

さっきまで張り詰めていた緊張が、少しずつ身体から抜けていく。

でも。

疲労感は想像以上だった。

脚が重い。

呼吸もまだ少し浅い。

事故前なら、この程度どうってことなかったのに。

悔しさが胸の奥へ残る。

それでも。

私は一歩ずつICUに戻った。

自動ドアが開く。

いつものICUの空気。

スタッフたちの声。

モニター音。

その中で。

ナースステーションの端にいる橘さんが見えた。

カルテ入力をしていた手が、私へ気づいて止まる。

「……一ノ瀬さん」

少しだけ笑う。

でも。

その笑顔には、前みたいな覇気がなかった。

無理に笑ってるのが分かる。

私はゆっくり近づく。

「……お疲れ様でした」

橘さんが、小さく頭を下げる。

その声も、どこか元気がない。

私は少し迷ってから、静かに言った。

「……少し、話せますか?」

橘さんが目を瞬く。

数秒。

それから小さく頷いた。

「……はい」

私たちは空いている小さな会議室へ入った。

静かな部屋。

蛍光灯の白い光。

閉まる扉の音が、やけに大きく聞こえる。

向かい合って座る。

でも。

橘さんはどこか緊張していた。

膝の上で手をぎゅっと握っている。

私は、その姿を見ながらゆっくり口を開いた。

「……まず」

声が少し震える。

私は息を吸った。

そして。

「ごめんね」

橘さんが、はっと顔を上げた。

私は続ける。

「わたし……橘さんのこと、ちゃんと見れてなかった」

「……っ」

「自分が戻ることばっかり考えてた」

今日。

ヘリの前で震えていた手。

苦しそうな呼吸。

あの姿が、頭から離れなかった。

私は俯く。

「……怖かったよね」

「……」

「なのに、ごめん」

少し沈黙が落ちる。

私は膝の上で指をぎゅっと握った。

そして。

「あと……」

橘さんがゆっくり顔を上げる。

私は小さく苦笑した。

「わたしの、あんな姿見せちゃって……ごめんね」

その瞬間。

橘さんの目が、大きく揺れた。

私は続ける。

「あの日」

「血だらけで運ばれて」

「動かなくなって」

「橘さん、近くで全部見てたでしょ」

思い出すだけで胸が苦しくなる。

きっと。

橘さんはもっとだ。

私は静かに視線を落とした。

「怖かったよね」

「トラウマになるくらい」

「しんどかったよね」

すると。

橘さんの目から、一気に涙が溢れた。

「ちがっ……」

掠れた声。

「違うんです……!」

私は静かに顔を上げる。

橘さんは必死に首を横へ振った。

「一ノ瀬さんは、悪くないです」

「悪いのは私なんです」

その瞬間。

声が震え始める。

「ヘリの音聞くだけで、息できなくなって……」

「今日も、乗らなきゃって思ったのに」

「身体が動かなくて……」

ぽろぽろ涙が落ちていく。

「主任にも迷惑かけて」

「西国先生にも」

「一ノ瀬さんにも……」

私は静かに聞いていた。

否定せず。

途中で止めず。

ただ、ちゃんと。

橘さんの言葉を受け止めた。

橘さんは涙を拭いながら、小さく笑う。

「前の私なら、こんなんじゃなかったのに」

その言葉に。

私は胸が痛くなった。

その気持ちが、少し分かるから。

事故前の自分と比べてしまう苦しさ。

出来ていたことが出来なくなる怖さ。

私はゆっくり口を開く。

「……わたしも」

橘さんが顔を上げる。

「今日、全然動けなかった」

「え……」

「現場着いただけで息上がって」

「処置入る前から、身体ついてこなくて」

悔しかった。

本当に。

私は苦笑する。

「自分が思ってたより、ボロボロでした」

橘さんが、少し目を見開く。

多分。

私がそんなこと言うと思ってなかったんだと思う。

私は静かに続けた。

「でも」

「戻りたいって思った」

「怖くても」

「悔しくても」

「また飛びたいって思った」

会議室の中が静かになる。

私は、ゆっくり橘さんを見る。

「橘さんは?」

その問いに。

橘さんの肩が、小さく震えた。