トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

ヘリの中。

ローター音が絶え間なく響いている。

狭い機内。

モニター音。

無線。

薬剤確認。

慌ただしく時間が流れていく。

その中で私は、酸素管理をしながら必死に呼吸を整えていた。

悔しかった。

現場へ着いた瞬間。

身体がついていかなかった。

頭では動けるつもりだった。

事故前と同じように走れるって、どこかで思っていた。

でも現実は違った。

たった数十メートル走っただけで息が上がって。

処置へ入る頃には呼吸が乱れて。

身体が鉛みたいに重かった。

——こんなんじゃ、だめだ。

そう思えば思うほど、胸が苦しくなる。

私は患者さんのSpO₂を確認しながら、そっと唇を噛んだ。

その時。

「一ノ瀬さん」

西国先生の声。

私は反射的に顔を上げる。

「バイタル読んで」

「……はい」

声を出す。

少し掠れていたけど。

ちゃんと返せた。

モニター確認。血圧。脈拍。SpO₂。

頭は、ちゃんと回っている。

身体だけだ。戻りきっていないのは。

私は深呼吸をして、報告を続けた。

その間。

森崎さんは、患者さんの横で淡々と処置を続けていた。

焦った様子なんて一切ない。

でも。

時々、ほんの一瞬だけ私を見る。

確認するみたいに。

ちゃんとついてこれてるかを見るみたいに。

その視線が、不思議と安心した。

やがて搬送先病院へ到着する。

ストレッチャー移乗。

申し送り。

怒涛みたいな時間。

全部終わった頃には、私は背中にじっとり汗をかいていた。

「お疲れさん」

ヘルメットを外しながら、森崎さんが言う。

私は小さく息を吐いた。

「……すみませんでした」

すると。

「だから何回謝んねん」

即座に返ってくる。

私は少し俯いた。

「でも……全然、動けなくて」

本音だった。

悔しい。

本当に。

すると森崎さんが、少しだけ真面目な顔になる。

「紗凪ちゃん」

私はゆっくり顔を上げた。

森崎さんは壁にもたれながら、静かに言う。

「事故から、まだ2ヶ月やで」

「身体ボロボロやったんやから」

「前と同じように動ける方がおかしい」

その声は、驚くくらい穏やかだった。

私は何も言えない。

すると森崎さんが、小さく笑う。

「でもな」

「ちゃんと現場戻ってきた」

「患者さん見て」

「必要な動きして」

「報告も出来てた」

「それだけで十分や」

私は唇を噛む。

納得なんて、すぐ出来ない。

だって事故前の自分を知ってるから。

もっと動けた。

もっと走れた。

もっと出来た。

でも。

そんな私を見て。

森崎さんが、ふっと目を細めた。

「前の自分と比べすぎ」

「今は“復帰初日の自分”見たらええ」

その言葉が、胸へ静かに落ちる。

私はしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。

「……主任って」

「ん?」

「ほんと、人を慰めるの上手ですね」

すると森崎さんが吹き出した。

「何その褒め方」

「いや、なんか……悔しいです」

「ははっ、何それ」

久しぶりに、自然と笑えた気がした。

その時。

遠くで、またヘリのローターが回り始める。

夕方の空。

赤く染まり始めたヘリポート。

私はその景色を見上げた。

怖かった場所。

戻れないかもしれないと思った場所。

でも今は。

ちゃんと、“帰ってきたい”って思えてる。

すると。

隣へ立った森崎さんが、ぽつりと呟いた。

「やっぱ空似合うなぁ」

私は少し驚いて横を見る。

森崎さんは、空を見たまま笑った。

「紗凪ちゃん」 

その声に。

胸の奥が、少しだけ熱くなった。