トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

ローター音が、頭上で激しく響いていた。

久しぶりの現場。

久しぶりのフライト。

胸の奥は高鳴っているのに。

身体だけが、まだ少し追いついていない。

ヘリが現着する。

「接触外傷一名! 意識レベル低下あり!」

無線の声。

私はフライトバッグを掴み、ヘリを降りた。

風が強い。

土埃が舞う。

消防隊員の誘導。

救急隊の緊迫した声。

全部が、懐かしかった。

「一ノ瀬さん!」

森崎さんの声。

私は頷いて、患者さんの元へ走る。

——走った。

その瞬間だった。

「っ……」

息が、追いつかない。

肺が焼けるみたいに苦しい。

脚が重い。

視界が少し揺れる。

嘘。

たったこれだけで——?

私は患者さんの横へしゃがみ込む。

モニター確認。

呼吸状態。

SpO₂低下。

処置に入らなきゃ。

頭では全部分かってる。

なのに。

呼吸が乱れる。

手が少し震える。

まるで、自分の身体じゃないみたいだった。

事故前ならこれくらい、息なんか切れなかったのに。

悔しさが一気に押し寄せる。

その時。

「紗凪ちゃん」

低い声。

次の瞬間。

森崎さんが、すっと私の前へ入った。

「ここ俺やる」

自然だった。

責める感じなんて、一切ない。

私は悔しさで唇を噛む。

「……すみません」

すると森崎さんが、ちらっとだけ振り返る。

「謝らんでええ」

その声は、驚くくらい落ち着いていた。

森崎さんはそのまま患者さんへ向き直る。

「気道確保します」

指示が飛ぶ。

動きに、一切無駄がない。

救急隊との連携。

医師への報告。

家族対応への気配りまで。

全部が滑らかだった。

私は息を整えながら、その姿を見ていた。

——すごい。

今さらだけど。

改めて思い知る。

森崎隼斗って人は。

ただ優しいだけじゃない。

現場に立った瞬間、空気が変わる。

周りが自然と動きやすくなる。

安心感がある。

“この人がいるなら大丈夫”

そう思わせる力がある。

処置を続けながら。

森崎さんが静かに指示を飛ばす。

「橘さん、バイタル継続」

「西国先生、ルートいけます」

「一ノ瀬さん」

突然名前を呼ばれる。

私はハッとして顔を上げた。

森崎さんは患者さんを見たまま言う。

「酸素準備、お願い」

その言葉に。

私は反射的に動いていた。

「……はい!」

悔しい。

情けない。

でも。

“使えない”なんて顔は、一度もしなかった。

ちゃんと、現場へ戻そうとしてくれてる。

そのことが分かった。

私は深く息を吸う。

まだ前みたいには動けない。

体力も戻ってない。

でもここで終わりたくない。

絶対に。

患者さんがヘリへ収容される。

再びローター音が響く。

その中で。

森崎さんが、ヘッドセット越しにちらっと笑った。

「復帰初日にしては上出来」

私は思わず眉を寄せる。

「……全然、動けませんでした」

すると森崎さんが肩をすくめた。

「事故からまだ2ヶ月やで?」

「むしろ戻ってこれてる時点で十分すごい」

私は悔しさで俯く。

そんな私を見て。

森崎さんが少しだけ優しい声になる。

「焦らんでええ」

「紗凪ちゃんは、ちゃんと戻ってきてるから」

その言葉に。

胸の奥が、じわっと熱くなった。

ヘリが空へ上がる。

窓の外に広がる街並み。

私はヘッドセットを握りしめながら、小さく息を吐いた。

——まだ、終われない。

私はもう一度。

この空を飛び続けたい。