トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

事故から、2ヶ月。

その朝。

私は久しぶりに、更衣室でフライトスーツへ袖を通していた。

濃紺の生地。

腕を通す感覚。

ファスナーを上げる音。

全部が懐かしい。

鏡の前に立つ。

事故前より少し痩せた顔。

まだうっすら残る傷跡。

長く休んでいた身体。

でも。

胸の奥だけは、不思議なくらい真っ直ぐだった。

——戻ってきた。

その実感が、じわじわ込み上げてくる。

育成支援プロジェクトは、気づけばもう折り返しを過ぎていた。

本来なら私はもっと早く現場へ立って。

もっと後輩たちを見て。

もっと学んでいたはずだった。

失った時間は大きい。

正直、焦りもある。

でもだからこそ思った。

残りの時間全部使って取り戻そうって。

事故で止まった分までちゃんと前へ進もうって。

私はゆっくり息を吸う。

そして更衣室の扉を開けた。

廊下へICUへ入った瞬間。

「……っ」

目を丸くする。

そこには。

ERスタッフ。

ICUスタッフ。

フライトチーム。

ずらっと人が並んでいた。

「「「おかえりなさい!!!」」」

一斉に飛ぶ声。

私は完全に固まる。

「え、ちょ……」

すると横からクラッカーが鳴った。

パンッ!!

「うわっ!?」

驚いて振り返ると。

満面の笑みの橘さん。

その後ろで森崎さんが爆笑していた。

「めちゃくちゃいい顔した」

「森崎さん!!」

「いやぁ待った甲斐ありましたわ」

周りも笑っている。

私は状況についていけず目をぱちぱちさせた。

すると西国先生が腕を組みながら前へ出る。

「復帰初日やからって油断するなよ」

相変わらずぶっきらぼうな声。

でもその目は少しだけ優しかった。

「……はい」

私が頷くと。

高城先生が横から笑う。

「ほんまに戻ってきたなぁ」

「ERみんな待ちくたびれてたで」

その言葉に、胸が熱くなる。

私はぎゅっと唇を噛んだ。

すると橘さんが突然、私へ抱きついた。

「うわぁぁ一ノ瀬さん〜〜〜!!」

「た、橘さん!?」

「ほんとによかったぁぁ……!」

半泣き。

私は思わず笑ってしまう。

「苦しいですって」

「嫌です離しません」

周りがまた笑う。

その時。

少し後ろに立っていた森崎さんと目が合った。

森崎さんは、フライトスーツ姿の私を見て。

ほんの少しだけ目を細める。

それから。

「……やっぱその格好が1番似合うな」

静かな声でそう言った。

胸が、少しだけきゅっとなる。

でも森崎さんはすぐ、いつもの顔へ戻った。

「ただし」

主任モードの声。

「復帰初日やから無理は禁止」

「リハビリ延長戦や思っといて」

「少しでもしんどかったら即報告」

「はい」

「返事だけは優秀やなぁ」

「なんですかそれ」

そんなやり取りに、また笑いが起きる。

——戻ってきた。

やっと。

本当に。

私は、ここへ帰ってきたんだ。

その瞬間。

PHSが鳴る。

ピリッと空気が変わる。

『ドクターヘリ要請です』

聞き慣れたアナウンス。

胸が、大きく鳴った。

周囲が一気に動き出す。

先生たちが走る。

スタッフが指示を飛ばす。

その中で。

森崎さんが振り返った。

「一ノ瀬さん」

私は反射的に顔を上げる。

すると森崎さんが、少しだけ笑う。

「行ける?」

その言葉に。

胸の奥が、熱く震えた。

私はまっすぐ頷く。

「……はい」

もう怖くなかった。

だって。

私はもう一度、この場所へ戻ってこられたから。