トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

夜の病室は静かだった。

廊下を行き交う看護師さんの足音。

遠くで鳴るモニター音。

それだけが、時々静寂を揺らす。

陽貴くんは、ベッド横の椅子へ座ったまま。

ずっと私の手を握っていた。

離れた時間を埋めるみたいに。

時々。

本当にここにいるのか確認するみたいに。

そっと指先を撫でてくる。

「……眠くない?」

私が小さく聞くと。

陽貴くんは首を横に振った。

「全然」

でも。

よく見ると、少し目の下にクマが出来ている。

多分今日だってかなり無理して来たんだと思う。

私は少し眉を寄せた。

「……ちゃんと寝てる?」

すると陽貴くんが、気まずそうに視線を逸らした。

「……まぁ」

「寝てないんだ」

「ちょっとだけ」

その“ちょっとだけ”が信用ならなくて。

私は呆れたみたいに息を吐く。

「倒れたら怒るからね」

「紗凪にだけは言われたくない」

「……それは、そう」

思わず二人で小さく笑った。

その空気が心地よかった。

無理して話さなくてもいい。

黙ってる時間すら安心できる。

陽貴くんが、ぽつりと呟く。

「……あの時さ」

私は視線を向ける。

陽貴くんは、私の手を見たまま続けた。

「電話、繋がらなくて」

「梓ちゃんから連絡来て」

「大阪向かう新幹線の中、ほんと生きた心地しなかった」

静かな声だった。

でも。

その時の恐怖が、まだ残ってるのが分かる。

私は小さく唇を噛む。

陽貴くんが苦笑する。

「病院着いて、ICU入った瞬間」

「紗凪、管だらけで」

「顔真っ白で」

そこで言葉が止まる。

喉が詰まったみたいに。

私はそっと、陽貴くんの手を握り返した。

「……ごめんね」

小さく呟く。

すると。

陽貴くんがすぐ首を横に振った。

「違う」

「謝んないで」

少し強い声。

私は目を瞬く。

陽貴くんは、今にも泣きそうな目で笑った。

「生きててくれたんだから、それでいい」

その言葉に、胸がぎゅっとなる。

私は少しだけ視線を落とした。

「……わたしね」

「事故のあと、ずっと夢見てた」

「……夢?」

「うん」

ぼんやりと、あの暗い感覚を思い出す。

ずっと眠っていた時。

どこか遠くで、声が聞こえていた。

“紗凪、はやくおきて”

“置いていかないで”

“会いたい”

あの声が。

ずっと私を引っ張ってくれてた。

私はゆっくり陽貴くんを見る。

「陽貴くんの声、ずっと聞こえてたよ」

その瞬間。

陽貴くんの目が大きく揺れた。

「……え」

「いっぱい名前呼んでくれてた」

「泣かないでって、ずっと思ってた」

陽貴くんは、完全に言葉を失っていた。

そして次の瞬間。

ぐっと顔を伏せる。

「ほんと…紗凪」

掠れた声。

肩が少し震えてる。

私は慌てる。

「え、陽貴くん?」

すると陽貴くんが、顔を隠したまま笑った。

「……それ聞いたら、もう無理」

泣き笑いみたいな声だった。

私は思わず小さく笑う。

その時不意に、陽貴くんが立ち上がった。

そして。

すごく大事なものに触れるみたいに。

そっと、私の額へキスを落とす。

「……もう二度と、無理しすぎないで」

そして。

「お願いだから。俺を置いていかないで」

震える声で私を見る。

その目はとても悲しそうで。

私は目を閉じたまま、小さく頷いた。

その瞬間。

胸の奥にあった不安が、少しだけ溶けた気がした。