トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

とある日の午後。

「ちょっと外行きません?」

そう言って病室へ現れたのは、オフの森崎さんだった。

今日は私服。

珍しくフライトスーツでもスクラブでもない。

ラフな黒のパーカー姿で。

なんだか少し新鮮だった。

「……そ、と……?」

私が目を瞬かせると、森崎さんがにやっと笑う。

「特別に」

その“特別”が、なんとなく森崎さんらしくて。

私は小さく笑った。

そして今。

私は車椅子へ乗せられ、院内のエレベーターに揺られていた。

「どこいくんですか?」

「着いてからのお楽しみです」

「子供扱い……」

「病み上がりはみんな子供です」

そんなことを言いながら。

森崎さんはゆっくり車椅子を押していく。

エレベーターの扉が開く。

その瞬間。

ふわっと風が頬を撫でた。

「……ぁ」

思わず声が漏れる。

そこは、屋上だった。

大阪中央医療センターのヘリポート。

広い空。

少し強い風。

遠くに見える街並み。

そして。

大きく描かれた“H”の文字。

ヘリポート。

その光景を見た瞬間。

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。

私はしばらく、言葉が出なかった。

風の匂い。

ローターの残り香みたいな空気。

全部が懐かしい。

たった2週間ちょっと前まで。

ここから何度も飛んでた。

当たり前みたいに。

現場へ向かって。

患者を助けに行って。

帰ってきて。

また飛んで。

それが、日常だった。

でも今は。

私は歩くのだって、まだやっとなのに。

「……っ」

気づけば、目の奥が熱くなっていた。

そんな私を見て。

森崎さんは何も急かさなかった。

ただ静かに、隣へ立つ。

風で少し髪が揺れる。

そして。

「待ってんで、みんな」

静かな声。

私はゆっくり顔を上げる。

森崎さんは、ヘリポートを見ながら続けた。

「西国先生も」

「高城先生も」

「ERもICUも」

「フライトチームも」

「みーんな、一ノ瀬さん帰ってくるん待ってる」

その声が、優しすぎて。

私はとうとう俯いた。

ぽたり。

膝の上へ涙が落ちる。

「……っ、ごめ……」

「なんで謝んの」

森崎さんがすぐ言う。

私は震える声で言った。

「……もう、戻れないかもって……」

怖かった。

本当はずっと。

また飛べるのか。

また現場に立てるのか。

もし後遺症残ったら。

もし前みたいに動けなかったら。

考えないようにしてた不安が、全部溢れてくる。

森崎さんがしゃがみ込み私と目線を合わせる。

「戻れる」

迷いなく、そう言った。

「絶対」

その目が真っ直ぐすぎて。

私は息を呑む。

「だって紗凪ちゃん」

「こんだけボロボロになっても、生きて戻ってきたやん」

「だから大丈夫」

「ちゃんとまた飛べます」

その言葉に。

胸の奥が、じわっと熱くなる。

私は泣きながら、小さく笑った。