トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

橘さんは、しばらく私のそばにいたあと。

「……今日はもう帰ります」

と、小さく頭を下げた。

どうやら一旦休みを入れられているらしい。

顔色もまだ悪い。

きっと、この数日まともに眠れてないんだと思う。

帰り際、橘さんは扉の前で一度立ち止まった。

そして振り返る。

「……また来ます」

掠れた声。

私は小さく頷いた。

扉が閉まる。

部屋の中には、私と森崎さんだけが残った。

静かな空間。

モニター音だけが一定のリズムを刻んでいる。

私は少しぼんやり天井を見上げた。

身体が重い。

胸も痛い。

息をするだけで疲れる。

でも。

ちゃんと生きてる。

その実感だけが、少しずつ戻ってきていた。

その時。

「紗凪ちゃん」

森崎さんが静かに声をかける。

私は視線だけ向けた。

森崎さんはベッド横の椅子へ座ったまま、真っ直ぐ私を見ていた。

「もう、なーんもせんでいいからね」

柔らかい声。

「頑張らんでいい」

「喋らんでもいいし」

「無理して笑わんでもいい」

その言葉が、じわっと胸に沁みる。

私は少しだけ目を伏せた。

すると森崎さんが、小さく笑う。

でもその目は、少し赤かった。

「……ほんまに」

そこで一瞬、言葉を止める。

「生きててくれてありがとう」

まっすぐな声だった。

冗談も誤魔化しもない。

本気の声。

私は思わず目を見開く。

そんな顔で言われると思ってなかった。

森崎さんは普段、こんな風に感情を前に出さないから。

だから余計に。

その言葉の重さが、胸に落ちた。

私はうまく声が出せなくて。

代わりに、小さく頷いた。

すると森崎さんが、ほっとしたみたいに息を吐く。

「……あの日」

ぽつりと落ちる声。

「ヘリの中で西国先生から連絡来た時」

「ほんま、血の気引いた」

私は静かに聞く。

「ER全員、顔変わって。高城先生なんか走ってましたし」

少しだけ苦笑する声。

でもその奥に残ってる恐怖は消えてない。

「……怖かった」

森崎さんが、ぽつりと本音を零す。

私は少し目を丸くした。

森崎さんは視線を落としたまま続ける。

「紗凪ちゃん、おらんくなるんちゃうかって」

その言葉に、胸がきゅっと苦しくなる。

私はゆっくり呼吸をして。

まだ重たい腕を少しだけ動かした。

そして。

森崎さんのスクラブの袖を、そっと掴む。

森崎さんがハッと顔を上げた。

私は酸素マスク越しに、小さく笑う。

「……い…ます」

掠れた声。

でも。ちゃんと伝えたかった。

私は、ここにいるって。

その瞬間。

森崎さんが、困ったみたいに笑った。

「……反則やなぁ、それ」

そう言いながら。

また少しだけ、目を赤くしていた。