重たい沈黙が、ICU個室を包んでいた。
陽貴さんは、まだ紗凪の手を握ったまま俯いている。
その背中が、痛いくらい苦しそうだった。
離れたくない。
でも仕事へ戻らないといけない。
その狭間で、完全に立ち尽くしているみたいだった。
その時。
「陽貴くん」
紗凪のお母さんが、優しく声をかけた。
陽貴さんがゆっくり顔を上げる。
お母さんは柔らかく笑った。
「紗凪のことは、私と梓ちゃんに任せて」
「あなたは行ってきなさい」
その声は穏やかなのに、不思議なくらい安心感があった。
「でも……」
陽貴さんがすぐ言葉を返す。
「俺、まだ」
「そばにいたいのよね」
お母さんが、全部分かってるみたいに頷いた。
その瞬間。
ベッドの上の紗凪が、小さくこくこくと頷いた。
まだまともに話せない。
でも。
“行って”
その意思だけは、ちゃんと伝わってくる。
陽貴さんの目が揺れる。
「……紗凪」
掠れた声。
私はその姿を見ながら、小さく息を吐いた。
そして、ゆっくり口を開く。
「……紗凪のことだから」
陽貴さんが私を見る。
「ここで陽貴さんが行かなかったら」
「“自分のせいで”って、絶対また自分責めますよ」
その言葉に。
陽貴さんの表情が止まった。
図星だったんだと思う。
紗凪は昔からそういう子だから。
自分より先に、人を優先する。
迷惑かけたって、一番苦しむ。
だから今だって。
自分の身体ボロボロなのに、陽貴さんの心配をしてる。
陽貴さんは何も言わない。
ただ紗凪の手を、ぎゅっと握り返していた。
長い沈黙。
本当に、長かった。
部屋の誰も急かさない。
急かせるわけがなかった。
だってこれは仕事とか責任とか、そんな簡単な話じゃない。
“大切な人を置いて離れる”
そういうことだから。
やがて。
陽貴さんが、ゆっくり息を吐いた。
そして。
「……分かった」
小さく。
本当に小さく、そう言った。
お母さんが優しく目を細める。
黒瀬さんも、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
でも。
陽貴さんの顔は全然納得なんかしてなかった。
むしろ今にもまた「やっぱ無理」って言いそうなくらい苦しそうだった。
それでも。
紗凪のために、頷いたんだと思う。
陽貴さんは、もう一度ベッドへ近づく。
そして。
紗凪の額へ、そっと髪を避けるみたいに触れた。
「……絶対また来るから」
震える声。
「すぐ戻る」
紗凪は、眠そうな目のまま小さく頷く。
陽貴さんは、最後までその手を離せなかった。
陽貴さんは、まだ紗凪の手を握ったまま俯いている。
その背中が、痛いくらい苦しそうだった。
離れたくない。
でも仕事へ戻らないといけない。
その狭間で、完全に立ち尽くしているみたいだった。
その時。
「陽貴くん」
紗凪のお母さんが、優しく声をかけた。
陽貴さんがゆっくり顔を上げる。
お母さんは柔らかく笑った。
「紗凪のことは、私と梓ちゃんに任せて」
「あなたは行ってきなさい」
その声は穏やかなのに、不思議なくらい安心感があった。
「でも……」
陽貴さんがすぐ言葉を返す。
「俺、まだ」
「そばにいたいのよね」
お母さんが、全部分かってるみたいに頷いた。
その瞬間。
ベッドの上の紗凪が、小さくこくこくと頷いた。
まだまともに話せない。
でも。
“行って”
その意思だけは、ちゃんと伝わってくる。
陽貴さんの目が揺れる。
「……紗凪」
掠れた声。
私はその姿を見ながら、小さく息を吐いた。
そして、ゆっくり口を開く。
「……紗凪のことだから」
陽貴さんが私を見る。
「ここで陽貴さんが行かなかったら」
「“自分のせいで”って、絶対また自分責めますよ」
その言葉に。
陽貴さんの表情が止まった。
図星だったんだと思う。
紗凪は昔からそういう子だから。
自分より先に、人を優先する。
迷惑かけたって、一番苦しむ。
だから今だって。
自分の身体ボロボロなのに、陽貴さんの心配をしてる。
陽貴さんは何も言わない。
ただ紗凪の手を、ぎゅっと握り返していた。
長い沈黙。
本当に、長かった。
部屋の誰も急かさない。
急かせるわけがなかった。
だってこれは仕事とか責任とか、そんな簡単な話じゃない。
“大切な人を置いて離れる”
そういうことだから。
やがて。
陽貴さんが、ゆっくり息を吐いた。
そして。
「……分かった」
小さく。
本当に小さく、そう言った。
お母さんが優しく目を細める。
黒瀬さんも、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
でも。
陽貴さんの顔は全然納得なんかしてなかった。
むしろ今にもまた「やっぱ無理」って言いそうなくらい苦しそうだった。
それでも。
紗凪のために、頷いたんだと思う。
陽貴さんは、もう一度ベッドへ近づく。
そして。
紗凪の額へ、そっと髪を避けるみたいに触れた。
「……絶対また来るから」
震える声。
「すぐ戻る」
紗凪は、眠そうな目のまま小さく頷く。
陽貴さんは、最後までその手を離せなかった。

