トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

重たい沈黙が、ICU個室を包んでいた。

陽貴さんは、まだ紗凪の手を握ったまま俯いている。

その背中が、痛いくらい苦しそうだった。

離れたくない。

でも仕事へ戻らないといけない。

その狭間で、完全に立ち尽くしているみたいだった。

その時。

「陽貴くん」

紗凪のお母さんが、優しく声をかけた。

陽貴さんがゆっくり顔を上げる。

お母さんは柔らかく笑った。

「紗凪のことは、私と梓ちゃんに任せて」

「あなたは行ってきなさい」

その声は穏やかなのに、不思議なくらい安心感があった。

「でも……」

陽貴さんがすぐ言葉を返す。

「俺、まだ」

「そばにいたいのよね」

お母さんが、全部分かってるみたいに頷いた。

その瞬間。

ベッドの上の紗凪が、小さくこくこくと頷いた。

まだまともに話せない。

でも。

“行って”

その意思だけは、ちゃんと伝わってくる。

陽貴さんの目が揺れる。

「……紗凪」

掠れた声。

私はその姿を見ながら、小さく息を吐いた。

そして、ゆっくり口を開く。

「……紗凪のことだから」

陽貴さんが私を見る。

「ここで陽貴さんが行かなかったら」

「“自分のせいで”って、絶対また自分責めますよ」

その言葉に。

陽貴さんの表情が止まった。

図星だったんだと思う。

紗凪は昔からそういう子だから。

自分より先に、人を優先する。

迷惑かけたって、一番苦しむ。

だから今だって。

自分の身体ボロボロなのに、陽貴さんの心配をしてる。

陽貴さんは何も言わない。

ただ紗凪の手を、ぎゅっと握り返していた。

長い沈黙。

本当に、長かった。

部屋の誰も急かさない。

急かせるわけがなかった。

だってこれは仕事とか責任とか、そんな簡単な話じゃない。

“大切な人を置いて離れる”

そういうことだから。

やがて。

陽貴さんが、ゆっくり息を吐いた。

そして。

「……分かった」

小さく。

本当に小さく、そう言った。

お母さんが優しく目を細める。

黒瀬さんも、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。

でも。

陽貴さんの顔は全然納得なんかしてなかった。

むしろ今にもまた「やっぱ無理」って言いそうなくらい苦しそうだった。

それでも。

紗凪のために、頷いたんだと思う。

陽貴さんは、もう一度ベッドへ近づく。

そして。

紗凪の額へ、そっと髪を避けるみたいに触れた。

「……絶対また来るから」

震える声。

「すぐ戻る」

紗凪は、眠そうな目のまま小さく頷く。

陽貴さんは、最後までその手を離せなかった。