トップアイドルは白衣の天使に恋をするsecond

梓side


扉が閉まった瞬間、私はようやく息を吐いた。

ずっと張り詰めていた胸が苦しい。

震える手で電話へ出る。

「……もしもし」

『梓ちゃん』

優朔さんの声。

いつもよりずっと低い。

緊張してるのがすぐ分かった。

『紗凪ちゃんは……?』

私は一瞬言葉に詰まる。

でもちゃんと伝えなきゃいけない。

「……かなり厳しい状態です」

声が震えた。

「オペは終わったんですけど」

「多発外傷で、出血もかなり多かったみたいで……」

そこで一度、言葉が切れる。

頭の中には、さっき見た紗凪の姿が浮かんでしまう。

白い顔。人工呼吸器。動かない身体。私は唇を噛んだ。

「今は人工呼吸器管理です」

「まだ全然安心できる状態じゃなくて……」

電話の向こうが静かになる。

優朔さんも、きっと色んな想像をしてるんだと思う。

数秒の沈黙。

そのあと。

『……陽貴は?』

静かな声だった。

私は小さく振り返る。

ICUの窓越し。

陽貴さんは、まだ紗凪の手を握ったままだった。

微動だにせず。

ずっと。

「……紗凪のそばから離れてません」

『そっか……』

掠れた声。

私は続ける。

「正直……かなり限界だと思います」

「でも無理やり気張ってる感じで……」

『うん』

「でも、…」

そこまで言って、私は言葉を飲み込んだ。

壊れそう。

その一言が、喉に引っかかった。

優朔さんは少し黙ったあと、小さく息を吐く。

『……明日と明後日のスケジュールは、なんとか調整できた』

その声には疲労が滲んでいた。

きっと、相当無理を通してるんだ。

『でも、それ以降は……社長が“陽貴を戻せ”って』

私は目を閉じた。

当然だ。陽貴さんは黒騎士のセンター。

ツアーも。

CMも。

ドラマも。

止められない仕事が山ほどある。

それでも。

今のあの人を、仕事へ戻せるのか。

『……本人、帰る気ないでしょ』

優朔さんが苦笑みたいに呟く。

私は小さく頷いた。

「多分、無理です」

『だよな』

また沈黙。

その沈黙が重かった。

電話越しでも分かる。

優朔さんも苦しいんだ。

グループを守らなきゃいけない。

でも親友も守りたい。

その板挟みなんだと思う。

すると。

『梓ちゃん』

「はい」

『陽貴のこと、少し頼める?』

私は目を瞬く。

『あいつ、多分今、自分壊れてることにも気づいてないと思うから』

低い声だった。

『紗凪ちゃんのことになると、周り見えなくなるから』

その言葉に、私はICUの窓を見る。

確かに。

今の陽貴さんは、“佐野陽貴”じゃない。

ただ。

大切な人を失いたくない男の人だった。

「……分かりました」

そう答えると。

優朔さんが小さく「ありがとう」と言った。

その声が少しだけ掠れていて。

ああ、この人も相当無理してるんだなって思った。

電話を切る。

廊下の静けさが、また戻ってくる。

私は深く息を吸ったあと。

もう一度、ICUの扉へ手をかけた。