貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

榊課長は、しばらく黙っていた。

沈黙が長い。

長すぎる。

もしかして、またポエムを詠んだのだろうか。
三分だけ味方になる、って何だ。
急に店が人格を持った。大丈夫か。私は広告資料に何を宿らせようとしているのか。

「藤代」

「はい」

榊課長は、私をまっすぐ見た。

「それだ」

息が止まった。

短い言葉だった。

けれど、迷いがなかった。

「久保田さんが欲しかったのは、その流れだ。単発の施策ではなく、戻ってくる理由。店と客の距離が縮まる設計」

榊課長は、紙カップを机に置いた。

「君は、人の感情を点で見ていない。線で見ている」

胸の奥が震えた。

「言葉にする前の迷い、沈黙、距離、安心する瞬間。そういうものを拾って、順番に置ける。今回の提案に足りなかったのは、そこだ」

私は、うまく息ができなかった。

榊課長の声は、いつも通り低く短い。

でも、一つ一つの言葉が、私の中にあるものへ正確に届いてくる。

「好きなものがある人間の目は、企画書より嘘がない」

その瞬間、喉の奥が熱くなった。

好きなものがある人間の目。

昔、笑われたもの。
隠してきたもの。
弱みだと思っていたもの。

それを、この人は仕事の言葉で肯定する。

雑な慰めではなく、使える力として名前をつける。

私は、画面を見つめた。

『三分だけ、あなたの味方になる。』

少し恥ずかしい。

でも、逃げたくない。