貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

パソコンを開く。

けれど、画面の前で手が止まった。

頭の中にはある。
言葉も少しずつ見えている。

でも、もう少しだけ、何かが足りない。

私はバッグの中のiPadに触れた。

弱み。
秘密。
見られたら終わりだと思っていたもの。

今も怖い。

けれど、榊課長はそれを笑わなかった。
瀬名も笑わなかった。
大崎は、何を描いていたかを聞かずに、私の熱を強みだと言った。

私は、逃げたいのだろうか。

それとも、もう一度ちゃんと使ってみたいのだろうか。

「藤代」

低い声が背後から落ちた。

振り向くと、榊課長が立っていた。

手には紙カップのコーヒー。

ただし、蓋を開けず、慎重に見ている。

「……熱いんですか」

「たぶん」

「まだ飲んでいないのに」

「過去の経験から判断している」

真顔で言わないでほしい。

緊張していたはずなのに、口元が緩んでしまう。

「笑うな」

「笑っていません」

「下手だ」

いつものやり取り。

けれど、その短いやり取りだけで、胸が少し落ち着いた。