貴腐人の憂鬱――鬼上司と犬系後輩に、秘密を握られました――

レビューが終わり、リュミエール本部を出ると、空は曇っていた。

雨は降っていない。

それなのに、私は昨日よりずっと濡れている気がした。

会社に戻る道で、瀬名が隣に来た。

「先輩」

「はい」

「さっき、何か言いかけましたよね」

やっぱり。

私は前を向いたまま答えた。

「整理できていなかったので」

「嘘ですね」

「瀬名くん、最近それ多いです」

「先輩が嘘つくからです」

声は明るくなかった。

仕事の時の、逃がさない声だ。

「先輩の言葉、必要だったと思います」

「でも、あの場で印象論を重ねても」

「印象論じゃないでしょ」

足が止まりそうになった。

瀬名は、少しだけ距離を詰めた。

「先輩、人がどこで心を動かすか、ちゃんと見えてる。なのに、見えたものを言う直前で引っ込める」

「……」

「それ、もったいないです」

胸が痛い。

もったいない。

その言葉は、優しいのに逃げ道がない。

「戻ったら、書き出してください」

「何を」

「言わなかったこと」

瀬名は、いつもの笑顔を少しだけ戻した。

「俺、写真と現場情報、全部合わせますから」

その言い方に、胸がきゅっと鳴った。

助けたいんで。

以前言われた彼の声が、また浮かぶ。

私は頷けなかった。

ただ、小さく「はい」と答えた。